深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

キミは、カモノハシを見たか?(5)

      2013/09/11

タロンガ動物園

 さて、いつまでも、寄り道と道草にばかり、貴重な時間を費やしているわけにはいかない。そろそろ、タイトルの通り、カモノハシを見にいかなければならないのだ。

 と、その前に、僕がオーストラリアのシドニーを訪れたときのことを、少し書こう。またしても、いきなり、寄り道じゃないかって? いやいや、ほんとうに、少しだけだし、すぐに本筋に戻ってくるから、心配しないで読んでほしい。

 僕がオーストラリアに、新婚旅行で出かけたのは、1993年の9月の末のことだった。当時、大阪本社の小さな洋書屋に勤めていた僕は、ひとりで東京営業所をまかされていて、新婚旅行とは言え長い休みをとることができなかった。週末、大阪での結婚式と披露宴、翌日には成田空港へ移動、そこから飛行機に乗ってオーストラリアへ。そして、また翌週末には、大井競馬場近くの新居であるマンションまで戻ってくる。
 当時も今も、僕は、ものぐさでめんどくさがりな性格だ。旅行のプランも、行き先と予算を伝えただけで、旅行代理店に勤めている高校時代の友人に、ほとんど丸投げだった。
 おそらく、成田→ゴールドコースト→シドニーという旅程だったと思う。飛行機は世界一安全な、Qantasだった。(創業以来死亡事故を起こしたことがないため、最も安全だと言われているが、近年は、あまりそういう言われ方をしてないような気もする)

カンタスで行く、ゴールドコースト+シドニー5日間!

 たぶん、そんな感じだったんだろうと、思う。それは、僕にとって、生まれて初めての海外旅行だった。そうそう、そうだ、テレビでしか見たことのなかったパスポートだって、この旅行のために作ったんだ。

 僕は、すでに、50歳になったけれど、海外旅行の経験は2回だけだ。あぁ、そこのキミ、早とちりしないでいいから、決して、新婚旅行を2回経験したということではない。
 もう一度は、結婚して2年目、娘をコウノトリに頼みに行く前に、妻と香港に出かけた。その時に泊まったホテルは、部屋の蛇口という蛇口はすべて、ひねると、黒板を爪でひっかくような最悪な音がして、僕らはその度に震え上がり、指先を拳の中に隠した。

 飛行機だって、新婚旅行で乗ったその時が、2回目だった。
 ちなみに、社会人1年というか、ビデオ制作会社の助監督みたいな立場で同行した撮影で、長崎→東京の間を飛んだのが、人生初フライトだった。

 人生初のフライトを前に緊張していた僕に(操縦するんじゃなくて、乗るだけなんだけれど)、監督が、当たり前だとは思うけど念のためみたいな感じで、さらりと言った。
『ところで、パスポートは忘れずに持ってきたよな?』

*****************************

『えっ?………』
そして、僕は、落ち着きなく、空港の高い天井に視線をさまよわせてから、もう一度、
『えっ?』
って、感じだった。
『………………』
『いやぁ、監督、やっぱ、飛行機ですもん、パスポートいりますよね。そりゃあ、そうですよね』
と、次の瞬間、冷や汗が出てきた。
『だって、飛行機ですもんね。飛行機と言えば、パスポートですよね』
 でも、持ってないものは、持ってない。忘れたとかではなく、パスポート自体を持ってない。取得したことがない。
『あちゃー、オレ、まだパスポート持ってないんですよ…』
と、(やっちまったよな、オレ、しかも、ここで((長崎))で置き去りにされて、どうやって大阪まで帰ればいいんだろう)とか、(オレってやっぱり社会人として、適合していけないんだろうか、グズだよなぁ、できないやつだって思われてるんだろうなぁ)なんて考えながら、言い訳にもならない言葉がつらつらと出てきた。そして、そんな言葉を連ねても仕方なくて、最後には、
『うわぁー、ほんとうに、やっちまったな』
という感じで、うなだれて空港の床ばかりを見ていた。
 ただ、どうすることもできなくて。

*****************************

 すると、カメラマンが、
『もうええわ、時間ないし、行くぞ』
と言って、僕に自分が持っていた荷物を、ポンと持たせた。
 (いやいや、荷物を渡されたって、オレは飛行機乗れないし、どうしろってんだよ、この荷物ツゥツゥツゥツゥツゥツゥ………、ん?ちょっと待て、東京っって、日本だよな? ん?パスポートって、国内便の飛行機にもいるんだっけ? ん?いや、新幹線ならいらないけど、飛行機に乗るんだし、やっぱり、いるのか? いやいや、いらないのか?)
『早よ、せえよ、お前が荷物全部持って、手荷物検査受けるんやぞ』
 カメラマンの声が、少し離れたところからして、顔をあげると、その横でカメラマンの肩をバシバシ叩いて、三段になった腹を抱えて笑っている、監督の姿があった。
 その嬉しそうな監督の大笑いを見ているうちに、やっと、
 (え?やっぱり、パスポートなくても乗れるんだよな)
と、半信半疑で自信をもてなかったものが、
 (国内の飛行機は、パスポートがなくても乗れる!)
という確信にかわった。

 勿論、人生二回目の、所謂セカンドフライトにおいては、僕は、空港での搭乗手続きだとか、そういったものをそれなりにうまくやれたと思う。新妻の前で、あたふたとした頼りない姿は見せられない。一瞬だけ、これがJALだったら日本の航空会社だし、パスポートいらないとかなんだろうか?と思ったけれど、妻にはきかなかった。

 もう気づいているとは思うんだけれど、結局のところ、話はまだ、オーストラリアに着いていない。おそらく、ここはまだ成田空港の搭乗手続きカウンターくらいだろう。しかし、あとはもう飛行機に乗るだけだ。なんていう言い訳も見苦しいかもしれないが、とにかく、

 (つづく………)キミは、カモノハシを見たか(6)

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