深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

ゼルダ・フィッツジェラルドについて(5)

      2013/09/11

『世界ふしぎ発見』TBS

『グレートギャッツビー』の公開にあたって

先日(6月15日)、TBSの『世界ふしぎ発見』というテレビ番組で、スコット・フィッツジェラルドの特集が組まれた。おそらくは、もうすぐ公開されるデカプリオ主演の、『グレート・ギャッツビー』とのタイアップでもあったのかもしれない。
 ともあれ、その原作者であるスコットについての特集が組まれ、その妻であったゼルダについてもスポットが当てられた。
 『グレート・ギャッツビー』の原作者スコットを差し置いて、ゼルダについて語られる割合が高かったように思ったのは、僕だけだろうか?

 そもそも、この番組が放送される以前からも、僕のこの『ゼルダ・フィッツジェラルドについて』という、記事とも呼べない記事に訪問をしてくれる人が、毎日1人か2人、途切れることなくいるというのが、意外だった。日本のどこかで、「ゼルダ・フィッツジェラルド」という名前を検索窓に入力し、彼女を追いかけている人がいる。それは、30年以上も前、僕がゼルダという女性に妙に惹かれたように、今も尚、彼女が誰かの心を掴んでいるということのように、僕には思える。

 余談になるけれど、番組を見ていて一番驚いたのは、ナンシー・ミルフォード女史が登場したことだった。彼女が、『ゼルダ』という伝記を書いたのが、1970年、今から40年以上も前のことだ。正直なところ、「まだ存命だったの?」と、驚いた。調べてみると、彼女は1938年生まれ。今年で、75歳というのだから、ちょうど僕らの両親と似た年頃といったところだ。

 僕の遅々として進まないブログとは違って、番組は、駆け足で二人の人生をコンパクトにまとめあげていく。そこには同意しがたい見解や解釈もあった。
 たとえば、番組では、スコットとゼルダの結婚が、スコットの大成功によって実ったというスコット側の見解に立っていた。つまり、スコットの大成功がなければ、ゼルダはスコットとの結婚に同意しなかったということだ。
 そして、フェミニズムから捉えたゼルダ。確かにフェミニズムの側面からゼルダを捉え直し、位置づけることは、あの時代が過ぎ去ったあとでは、容易すぎるほどに容易だ。それは彼女が意識的に行ったというよりも、あとからついてくるものであるし、あとづけされた彼女の姿であるように、僕には思えてならない。
 そして、25年前に村上春樹氏も言及していた、彼女の、スコットとゼルダのライフスタイルの提示にまつわる解釈。

果たして、ゼルダとは?

 番組の放送から1週間、にわかに増えたアクセスは、いつもの通り数人の訪問者が、僕のブログにやってくるだけに戻ってきた。
 番組で語られてしまったから、つづきを書かないというようなつもりはない。僕が語らなくても、その切り取り方が僕の解釈と違っていたとしても、多くの人が、ゼルダに関心を寄せ、確実に彼女に心を掴まれたのではないだろうか。
 彼女が今なお人々を引き寄せつづけるのは、おそらく、彼女の不完全性によるのではないかと思う。スコットが作家と見做されるようには、ゼルダは作家とは見做されてはいない。では、バレリーナとして才能を開花させたか? その美貌を活かして、女優として活躍したか? 画家として、何かを残したか? そのどれもについて、Noと答えるしかないにもかかわらず、なぜ彼女は人々の心をグリップしつづけるのだろう?僕は、そのことについて、語りたいんだ。

 (つづく…)

 - ゼルダ・フィッツジェラルド, ひとりごと, 雑感 , ,

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