深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

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キミは、カモノハシを見たか?(4)

      2014/09/19

カモノハシ

 さてさて、4回目にしてやっと、話はカモノハシに会いにいくというハイライト場面に、漕ぎつけそうな気がしてきた。毎回毎回そう思いながら書いていたのだけれど、いろいろと資料を漁っていると面白いことがでてきたり、あれこれ思い出したりで、ついつい道草が多くなってしまった。

 僕が、オーストラリアに行ったのは、1993年の9月下旬のことだった。旅行の目的というか、旅行の種類というかは、いわゆる、新婚旅行として行ったわけだ。
 新婚旅行をどこにするかを考えた時、できるだけ治安がよくて、無駄な不安や心配や危険を抱えたくないというのがあった。その当時も、ハワイやグアムという定番はあった。しかし、ハワイやグアムなら新婚旅行で行かなくても、生きてるうちになんかの機会に行けそうな気がした。(と思ったけど、実は、あれから20年、一度もそんな機会に恵まれていない)
 かといって、アメリカ西海岸というのは、いかにも治安が悪くて、ホールドアップ強盗にビクビクするのはイヤだったし、そもそも、一般市民が普通に拳銃を所持できるということ自体が、なんだかうまく受け止められない。
 そして、ヨーロッパは、行きたい場所がたくさんあったし、地続きでたくさんありすぎるがために、どこにしぼっていいのかわからなかったのと、飛行機に12時間乗らないといけないのが、拷問みたいで気持ちが萎えた。
 じゃあ、オーストラリアは、どうだろう? 時差もあまりないから、時差ボケの心配もいらない。治安も悪くないし、可愛いコアラだっている。日本と四季が逆転している、9月下旬のオーストラリアは、ちょうど過ごしやすい季節と言える。
 なんでそんなにオーストラリアの肩をもつかと言うと、僕が大学に入学したのが83年で、当時はオーストラリアブームというか、有名タレントさんが結婚式を挙げたり、有名タレントさんの不動産があったり、オーストラリアのお土産屋さんで働くなんていうのも一種のブームになっていて、僕の友人なんかも真剣にオーストラリアに移住することを考えていたりした。(彼は、どうしてるだろう?)
 勿論、僕の心は、初めからオーストラリアが一押しだった。だって、カモノハシを見るチャンスが生まれるからね。けれど、この新婚旅行先を選んでいる時には、まだ、カモノハシをどうすれば見られるのかなんて、具体的にはわかっていなかった。現在のようにインターネットは、まだまだ発達してなかったし、Windows95が発売されるよりも以前の話だ。

 ここで、またしてもちょっと寄り道をしよう。
 Windows95を、あなたは、知ってるだろうか? Windowsって名前からして、そう、確かに、Microsoft社のあのWindowsで間違いない。そして、このOSの出現で、日本の、いや、世界のパソコンに対する接し方が一変する。
 それまでのパソコンというのは、DOS/Vなんて呼ばれたりしていて、操作画面(UIまたはGUI)が非常に簡潔な分、その意味がわかっていない者には、それが何をする画面なのかすらわからないような、そんなものがパソコンだった。だから、パソコンとは、それがパーソナルコンピュータの略だと言われても、まだまだ、一般サラリーマンが仕事のツールとして使うものではなくて、特殊なスキルをもった理系の人が使うものといったものだった。そして、僕ら文系サラリーマンは、ひたすら、ワープロというものを使い、文書を作成していた。なんせ、ワープロひとつで印刷までできるのだから、わざわざパソコンで作ったものをプリンターで印刷するなんていうのは、余計にプリンターが必要だし、単に手間が増えてるとしか思えなかった。

 しかし、そう言っていたサラリーマン諸兄たちも、このWindows95の大大大ムーブメントの波に押し流され、さらわれてしまう。そして、数々の伝説が残された。
 そう、『パソコン持ってないけど、とにかく、乗り遅れるといけないので、買う』といった人々が続出したのだ。買ったけど、買っただけで、結局、使ってないって人も結構いたのではないだろうか。元々パソコンがないのだから、使いようもないのだけれど。
 もしくは、Windows95を買って帰って、箱を開けた途端、『なんだぁ〜?パソコンが、入ってないぞぉ!』と、絶叫したり。
 Microsoft社やマスコミが広めた、『素人でもパソコンが使えるようになる』Windows95というイメージは、不具合の多さからもそんなにいい出来のものではなかったと指摘する人もいるだろうが、ごくごく一般的なサラリーマンだった僕らとしては、Windows95の出現で初めて、パソコンって我々にも使えるものなのかもしれない、という気になったのも事実だ。
 パソコンがあれば、もうワープロはいらない、までの道のりは意外と短かった。勿論、それでもワシはワープロを愛用していくと言っていた方々、今でもフロッピーを大切に所持している方々がいるのも知っているけれど、あの騒動がなければ、オフィスにパソコンがあるのが当たり前にはならなかったんだろうな。
 パソコンの値段が、当時、50万円から20万円台にまで下がったのも、大きな要因ではあった。

 そして、その少し前の1991年、ソビエトの崩壊によって、長らくつづいた冷戦状態が終結し、軍事機密であったインターネットという技術が民間に解放されていった。あの頃、『インターネット』という仕組みをいくら説明されても、体に入ってこないというか、理屈はそうかもしれないけれど、そんなことがそんなに簡単にできるの? みたいな、疑心暗鬼があった。
 そして、『これで世界とつながれる』と言われると、『いやいやそんなに簡単に世界とつながったら、僕のパソコンに世界が攻めてきたりもするの?』なんて考えて、なんだか逆に恐ろしかったのを覚えている。
 勿論、インターネットが普及していく過程においては、サラリーマン諸兄やお父さんたちの、海外アダルトサイトへの接続による下支えがあったことを忘れてはならない。おそらく、多くの男たちはそうやって、インターネットが本当に『世界につながれる』ツールであることを実感し、ダウンロードという技術を磨いていったのではないだろうか。

 完全にカモノハシの話よりも、Windows95の話になっているが、もうひとつだけ書いておきたいことがある。
 それは、理系の人たちにはわからないことなのかもしれないけれど、文系の人間にとって、Microsoft社のExcelというのは、非常に魅力的だったとういことだ。実は、僕も、つい最近になってExcelとはデータではないという指摘に触れて、驚いたのだった。
 そう、僕ら文系の人間にとっては、Excelとは、データを扱ってるって感じがひしひしとして、関数なんてものがあったり、グラフだって、並べ替えや集計だってできて、頑張れば一括処理(マクロ)だとかBVAだとか、なんだかエンジニアにでもなった気分が味わえるツールであった。もっと正直に白状すると、あのセルで仕切られた画面だけで、なんだかほんの少しワクワクと高揚するものがあった。敢えてたとえると、『ガリレオ』の福山雅治が書いたり、その後ろに書かれている数式を見て高揚するような、あんな感じだ。

 しかも、Excelが最強なのは、ワープロとしても使えることだ。たぶん、この部分が一番、ほんとうの理系の人には、カチンとくるのかもしれない。それがどんなカタチのセルにしろ、セルに入っている以上それはデータじゃないの?というのが、僕らの認識であり、もっと言えば、ワープロがわりにして文書作成していても、Excelで作ったんだからデータじゃないの?という程度が、僕らの認識だ。
 確かに、Microsoft社の当時のラインナップをあらためて見てみると、文書作成ソフトがWordで、表計算ソフトがExcel、データベース作成ソフトがAccessになるんだけれど、今更ながら、『表計算』って、どういう意味なんだろうね。ということで、Wikipediaで調べてみたら、こう書いてあった。

なお、かつてはワープロと表計算ソフトにデータベースソフトを加えてパソコンにおける三大アプリケーションソフトと言われたが、表計算ソフトのデータベース機能が強化されたことから、個人使用のレベルではデータベースソフトは表計算ソフトに取って代わられている。

 (つづく…、本当にごめんなさい、次こそは、カモノハシ出てくるからね… つづきは、こちら、キミは、カモノハシを見たか?(5))

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