深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

50歳になりました

      2013/09/11

誕生日ケーキ

 本日、無事に50回目の誕生日を迎えて、僕は50歳になった。
 50とは、本当に、キリがいい数字で、次にこれほどキリのいい数字と言えば、あとはもう100しかない。さすがに、100歳を迎えられる自信はないし、100歳というのは、10代の時に想像した50歳以上に遥か遠く非現実的な数字に思える。と言うことは、おそらく、こんなにキリのいい数字の誕生日は、後にも先にも、50歳だけだろうなというのが、ごくごく常識的な判断ではないだろうか。

 だから、今更、格好をつけたって仕方がないし、これまでの僕について少し正直に語ってみよう。

 あの頃の僕は、こんなに長生きするつもりではなかった。以前に、砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけないという記事でも書いたとおり、僕は、生きることに熱心ではなかった。漠然としたイメージで、30歳くらいまでには、僕はこの世から自然と淘汰されていくものだと思っていた。

 なぜあの頃の僕は、あんなにも、正しく生きなければならないと思い込んでいたんだろう? 
 なぜあんなにも、正しいか、正しくないかに、こだわったのだろう?
 そして、正しくないものはすべて悪で、少しでも正しくないものを内包するものは、その全体すら正しくないと、断じたのだろう?

 あの頃の頭でっかちで、自己陶酔な僕に、クルト・ゲーデルの『不完全性定理』が、追い討ちをかけた。
 ゲーデルが証明したとされる、第2不完全性定理、
 「自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない」
を、
 「ある理論体系に矛盾が無いとしても、その理論体系は自分自身に矛盾が無いことを、その理論体系の中で証明できない」
と、僕は、読み、さらには、
 「一定以上に複雑なシステム内において、そのシステム自身に矛盾がないことを、そのシステム内において証明することはできない」
と解釈し、
 「僕は、僕だけの力で、僕の無矛盾を証明することができない」
という事実に、あれほどまでに絶望したのはなぜだろう?
 そして、僕が僕であるためには、他者の存在が必要であるという当然のことが、あんなにも受け入れがたく、苦痛であったのはなぜだったんだろう?
 あんなにも、自分の完全性にこだわり、自己完結性と、自己絶対性にこだわり、ことごとく他者を否定せずにはいられない傲慢は、どこからきていたのだろう?

 世界が変わらないなら、僕が消失するしかない。
 そう思いながらも、のらりくらりと身をかわしているうちに、僕はなんとか、生き残った。

 ”Keep passing the open windows.” 『開いた窓を見つけても、素通りして、決してそこから飛び降りるな』
 John Irvingは、’The Hotel New Hampshire’の中で、何度も僕の耳元で大声でそう叫んで、僕の脳ミソにそう叩き込んでくれた。
 生きる意味がないから、死のうと考えた僕に、生きる意味がなくても、生きていいんだ、と。たとえ生きることに意味がなかったとしても、生きることは、間違いではないと。

 その後、僕は、人並みにいくつかの恋をして、30歳で結婚し、子供もできた。
 太宰治の『桜桃』の、

子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
という冒頭文を言い訳にするまでもなく、僕は自分勝手な親でありつづけていると思う。勿論、子供がどう育っていくのかも大切だと思っているけれど、自分のことも気になって仕様がない。僕は、そんな身勝手な親だ。
 10代の頃、別の意味の身勝手さで、僕は、僕の分身としての自分の子供が欲しくてたまらなかった時期がある。それは、まったく別人格の他者としての子供ではなく、もうひとりの僕という意味での、子供だった。勿論、そんな子供が存在するはずはないし、自我を認めてもらえず、親の分身として育てられる子供がいるとしたら、こんなにも不幸な子供はいないだろう。
 実際に子供が生まれてみると、それは血を分けた親子と言えども、明らかに僕ではない他者であった。病室の脇に置かれた小さなベッドで眠る、生後間もない娘を見て、これは僕ではない、僕とはまったく別の自我であると認められたことに、僕は安堵した。

 間違いなく、僕は、今でも、傲慢な人間だ。50歳になったからと言って、その傲慢さが完治するとは思えない。反対に、加齢とともに傲慢の度が増していくかもしれない。しかしながら、僕が理想とする人物像とは、いつもニコニコと笑って、『ありがとう、ありがとう』と言っている好々爺なのだ。ないものねだりも甚だしいとは思うが、本気でそう思っているのだからしようがない。
 近所のくそガキから、『あのじいさん、いつも笑ってて、バカじゃないの』って言われるくらいになれたら、大したものだと思っている。

 繰り返して言うけれど、僕は、今日、50歳になった。生まれてはじめて、50歳になった。
 50歳になったから、こんな文章を書いてみた。昨日で僕の人生が終わっていたなら、この文章はなかったわけだ。では、この文章がなかったからって、どんな意味があるのか? 
 勿論、意味なんて、ないさ。ただ、意味なんてなくても、僕は大丈夫だ。
 ニコニコ笑って、『ありがとう、ありがとう』

 - ひとりごと, 雑感

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