深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

ゼルダ・フィッツジェラルドについて(4)

      2013/09/11

ゼルダの憂鬱

 前回の記事で、スコットとゼルダの結婚までを、まるですんなりとすべてがうまくいったように端折って書いてしまったが、やはり、結婚の少し前に起こったゼルダの恋愛事件と婚約破棄について、述べないわけにはいかないと反省し、つづきを書いた。

スコットの挫折

 ゼルダの婚約破棄の理由は、なんだったんだろう? そう、婚約破棄を申し出たのは、ゼルダであって、スコットではない。
 その当時、スコットは、ニューヨークの広告代理店で働きながら、小説を書くことに励んでいた。ゼルダは、住み慣れたモントゴメリーを拠点に、あちこちの大学の舞踏会やパーティに参加しながら、相変わらず、奔放な暮らしをつづけていた。
 どうやらこの時期、スコットの暮らしはうまくいってなかったようだ。それは、広告代理店での仕事もしかり、創作活動においてもしかりで、彼は自信をなくし、愚痴が多くなり、『クラブの窓から飛び降りる』と脅して、友人たちを辟易とさせたりもした。
 そして、スコットは、頻繁に彼女に手紙を送り、なんとか彼女を自分の中に閉じ込めようとし、彼女にすがろうとした。それは、一般論として、自信をなくした男が犯しがちな誤りだ。優しい言葉や励ましが欲しくて、スコットはゼルダに手紙を送る。しかし、返ってきたゼルダからの手紙に、スコットの求めた言葉は見当たらない。スコットは、必死になって、ゼルダからの言葉を引き出そうと、また手紙を書く。それはまるで、ゼルダにとっては、ただただ鬱陶しい、陰気な脅迫状にすぎないことにも気づかず。

 残念ながら、自信をなくした男に惚れるようなゼルダではない。彼女が好きだったのは、彼の才能であり、『僕は今小説を書いているんだけれど、この先僕はそれでとても有名になるんだ』とイヤミなく言える、彼の自信だったはずだ。そして、彼のその自信に共鳴するものが、ゼルダの中にあったからこそ、ふたりは恋に落ちた。
 しかし、ものごとはスコットが思っていたほど、単純でも、彼にやさしくもなかった。順調な時には魅力的に見えても、ほんの少しの躓きにバランスを崩し、端で見ている誰もが、すぐに体勢を立て直すだろうと簡単に思っていたところ、思いのほかひどい転び方をして、二度と立ち上がれなかったなんて人が、世の中にはいる。もしくは、ほんの小さな壁に大騒ぎして、それを越えるトライもせずに、萎えてしまう人。
 勿論、スコットがその後、みごとな成功を果たすことは、誰もが知っている。だが、当時のゼルダも誰も、そんなことは知らないし、知るよしもない。そもそも、未来が確定されていたなら、スコットが自信をなくす必要もなかったはずだ。

破局へ

 スコットは、仕事も思うようにいかず、創作も思うようにいかず、しかし、そのタイミングで、ゼルダに求婚をする。そのきっかけは、ゼルダのひとつのラブアフェアーにあった。

 モントゴメリーのゴルフ場に試合にきていたジョージア州の学生と知り合い、ジョージア工業大学まで遠征に出かけたのだ。遠征と言っても、ゴルフの試合に行ったわけではない。デートとパーティに出かけたのだ。
 アトランタ駅には、4人の学生がゼルダを迎えに現れ、4人ともがゼルダのデートの相手は自分だと思っていた。なぜなら、ゼルダがそれぞれとそう約束していたからだ。そして、私設のプールでは、彼女は肌色の水着を着用して、裸で泳いでいるという噂が広がり、夜には泥酔して、学生とレコード盤をお互いの頭で割って、大笑いしていた。その姿は、いつものゼルダと言えば、いつものゼルダではあるけれど。
 このアトランタ遠征の最後、彼女はある青年から婚約のしるしにと、学生クラブの飾りピンを贈られ、受け取っている。しかし、モントゴメリーに帰って冷静になってみると、自分はスコットと婚約している身であり、別の男の飾りピンを気安く受け取ったことを後悔して、それを送り返している。いや、送り返そうとして、間違ってその飾りピンを、スコットに送ってしまった。勿論、それは学生に送るつもりでいたわけだから、彼への手紙も添えられていた。
 手紙を受け取ったスコットは、激怒する。激怒して、もうふたりの関係は終わりだと、二度と手紙を送ってくるなと、書き放つ。
 そう言いながら、今度は電報を打つ。次の列車でモントゴメリーに行くから、話し合おうと。

 何度も言うけれど、その時、スコットは自信喪失状態だった。自信がないのに女性に求婚するとは、一見奇異に見えるかもしれないけれど、おそらくは、なにもかもうまくいかない中で、ゼルダまで失うことに耐えられなかったのだろう。仕事も、創作もうまくいかず、一縷の希望と夢だった女にまで逃げられてしまう。まさしく、夢も希望もなくなってしまう。そんな状態をなんとか避けるために、スコットは、ゼルダに『すぐに、結婚しよう』と、迫った。
 その言葉に愛がないはずはなかっただろうけど、それを愛と呼ぶにはいささか自信がなさすぎた。もしくは、いろんなものが自分の手からこぼれ落ちていく中、まだその手に残っていたゼルダだけでもなんとか手に入れようとする、そんな足掻きにも似た行動だった。それとも、溺れるもの藁をもつかむのたとえどおり、スコットはゼルダの裾を引っ張って、自分が溺れるのをなんとか止めようとしていたのかもしれない。しかし、つかまれたゼルダにとって、それは、自分をもひきずりこんで溺れさせようとする、悪魔の手に思えたことだろう。

 後年、経済的な成功をおさめられていなかったために、ゼルダは自分との結婚に同意しなかったのだと、スコットは主張している。
 しかし、そうだろうか? ゼルダがスコットに惹かれたものは、なんだったのだろう?
 経済的成功を理由に結婚相手を選ぶなら、なにもこれから成功するであろう者の中からギャンブルのように選ぶ必要はないわけで、成功している者たちの中から選べばいいだけのことだ。しかも、ゼルダのセイヤー家は名家であり、経済的政治的成功者とのつながりは、いくらでもあったはずだ。そして、素行に問題がなかったわけではないけれど、ゼルダには、スコットから『アラバマ・ジョージアの二州にわたって並ぶものなき美女』と呼ばれるだけの、美貌があった。

 とりあえずのところ、一旦、スコットとゼルダの恋は終わった。
 1919年の6月。スコット23歳、ゼルダ19歳の出来事だった。

 (つづく…)ゼルダ・フィッツジェラルドについて(5)

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