深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

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ブログはやはりつづけた方がいいということを、実感した今日この頃について

      2013/09/11

 ブログをはじめた頃、とにかく、やめずにつづけることが大切だと、いろんな方面やいろんな人に言われたし、ネット上にもそういった記事がたくさん見受けられた。確かに、それはそうなわけで、やめてしまえばそれまでのことなんだけれど、まだ1年もつづいてない僕でさえ、やっと『ブログはつづけた方がいい』ということを、実感できるようになったので、ご報苦までに、少し書いてみようと思う。

 人の記憶は曖昧なもので、昨年のダイアリーを紐解いてみて、僕は少し驚いている。
 ちなみに、このブログをはじめたのは、10月の末だった。なにに驚いたのかと言うと、このブログをはじめるにあたってサーバーを借りたのが、7月の末頃だったということ。レンタルサーバー代を払ったまま公開もせずに、丸々3ヶ月、僕はなにをしていたのだろう?

 そう言えば、あの頃、無料のブログをいろいろと探しまわったんだった。だけど、WordPressが使ってみたいとか、PHPが動く環境がいいとか、広告収入が云々とか、今から思えば馬鹿なことをあれこれと考え、悩んでいた。本当に、あの頃の僕の頭の中は、中途半端な知識と野望がいっぱい詰まっていて、でもそれらをカタチにすることができずにいた。
 そして、悶々と悩んだ挙げ句に、自分の重い尻を上げて立ち上がるために、サーバーを借りることにしたのだ。それは、身銭を切れば、それがもったいなくて、必然と頑張ってブログをはじめるだろうという、ありがちな発想だった。

 現状を説明すると、10月末にスタートしたとは言え、今だって、別にいろんなことができているわけではない。
 一応、WordPressを使ってはいるけれど、結局のところ、テーマを借用しているだけで、中身は全然いじれてないし、WordPress+PHPの習得も遅々として進んでいない。
 広告収入だって、まったく入ってない。これもまた一応、口座とかは登録したけれど、振り込まれたためしはない。

 

 加えて、僕は、ブログのアクセス解析に、GoogleAnalyticsを使っている。どれだけの人が自分のブログにアクセスしてくれているかを知りたいと思うのは、素直な気持ちではないだろうか?
 もっと正直に言えば、甘い夢を見ていたんだ。公開すれば、わんさかとアクセスしてくるかもしれない、なんて。
 だけれど、実際のあの頃の僕は、アクセス解析の結果を見ることで、毎日落ち込んでいた。
 訪問者数 0
 当たり前と言えば当たり前な数字であり、それが、まぎれもない、現実だった。
 僕のブログの存在を知っているのは、facebookの友達くらいで、記事の更新をfacebookのフィードに通知することで、若干名の心優しい友達が訪問してくれる程度のものだった。だから、更新をしたときにアクセスが少しあるくらいで、なにも書かなければ、アクセスはない。facebookの友達以外のアクセスは、ほぼない。

 書きたいことは、いくらでもあるように思えた。そしてこうして、それを公開する場を手に入れれば、いくらでも書けるような気がした。しかし、それは、そんな気がしただけで、『書く』ということは、僕が思っていた以上に重労働でもあり、アイデアだけは浮かぶものの、そのアイデアを公開できるように文章(カタチ)にすることは、容易なことではなかった。
 そして、『書きたい』という本来の欲求は、『書かなければヤバい』というような、妙に圧迫的、脅迫的な、かなりなストレスになっていった。勿論、それは苦しいことではあったけれど、あらためて、『書く』ということを考え直すいい機会になったし、自分がどれだけ『書く』ことに真摯でなかったか、タカをくくっていたかがよくわかりもした。

 そうだ、そう言えば、10月末にブログをはじめるまでのあの3ヶ月の間にも、いろいろとグチグチと考えていたんだった。あの3ヶ月の間、僕はたくさんの記事を書いてコンテンツを用意しようと思っていたのだった。しかし、それは、いとも簡単に挫折した。そして、あれこれとまた山ほど自分に言い訳して、とりあえず、公開だけは11月までにすると公言して、なんとかはじめたのだった。
 それ以後、1ヶ月に更新する記事の数が、だいたい4〜5本。これまでに30本以上の記事を、これでもアップしてきたことになる。
 なかには、つづきものとして書きはじめたものの、途中で中断しているものもある。中途半端だし、削除してしまおうかと思ったこともあるけれど、削除はいつでもできると思い直して、放置している。
 いっそのこと、このブログ自体をなかったものにしようかと思ったこともある。だけど、レンタルサーバー代がもったいなくて、結局、つづけられた気もする。
 格好をつけて、こぎれいにと思っていたブログも、とにかくなんでもいいから書けるものを書こうということにして、体裁的にも内容的にもとてもスタイリッシュとは言いがたいものになっている。
 今だって、星一徹が派手にちゃぶ台をひっくり返すように、このブログを削除してしまえれば、どんなにすっきりするだろうと思うこともある。だけれど、質素とは言え、ちゃぶ台に並べられた料理にしろ、食器にしろ、台無しにしてしまうのはなんだか惜しいというのも、正直なところだ。

 そんな僕の気持ちが楽になって、ブログはやはりつづけた方がいいと思えるようになったのは、先月あたりからのことだ。
 なぜか? それは、僕自身、予想もしていなかったことだった。突然、と、僕には思えるのだけれど、日々、アクセスがあるようになったからだ。しかも、おそらくは僕のことを知らない人が、検索結果として僕のブログを知り、訪問するようになっていた。
 それは、100pv/日なんていう大層なことではなくて、だいたい1桁のアクセスと1桁のページビューだったりする。ページビューが、2桁になっていたり、複数のページを見てくれた訪問者がいると、それだけで嬉しくなってしまう。
 逆に、2桁の訪問者がいても、平均滞在時間が0だったりすると、苦笑いするしかない。検索結果として僕のブログが表示されて、訪問してみたものの、探していたものとは違ってすぐに去っていったのだろう。僕だって、よくやることだ。まぎらわしいものを表示させてしまって申し訳ないような気もするくらいで、滞在時間が0であっても、訪問してもらえたこと自体はやっぱりなんだか嬉しい。
 そして、それが、日々つづくようになってから、僕はかなり気分的に楽になってきた。『書かなければならない』なんていう、自意識過剰なストレスからやっと解放されてきた。『書きたい』からブログをはじめたわけだし、書かないことには意味はないんだけれど、とりあえず、強迫神経症的な『書かないとヤバい』症候群からは抜け出せた気がする。
 そのきっかけは、誰かが、日々、どんなカタチであれ、僕のブログを訪問してきてくれているという、たったそれだけの事実だ。訪問してくれた誰かが、僕のブログに対して好評価を覚えたのか、がっかりして去っていったのか、もしくは、こんなブログ読まなきゃよかったと思ったのかは、わからない。
 ただ、その足跡を見て、僕はとても勇気づけられているし、チャンスはあると思っている。そして、このチャンスというのは、ブログをつづけることで掴んだチャンスのような気がしている。

 1年もつづけていない僕が偉そうに言うことではないのかもしれないけれど、ブログはつづけた方がいい。
 僕は、確かにそう思ってる。

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