深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

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もしもあながたペーパーバックを丸々1冊読んでみたいと思うなら(2)(もしくは、僕が娘にこっそり伝えたいものシリーズ)

      2013/09/11

コラム

 この記事は、もしもあながたペーパーバックを丸々1冊読んでみたいと思うなら(1)(もしくは、僕が娘にこっそり伝えたいものシリーズ)の続編です。

 次は、僕が、読んだ「チーズバーガーズ」というペーパーバックについて、話をしよう。
 ボブ・グリーンは、シカゴ・トリビューンという新聞のコラムニストだった人で、彼のコラムを集めたものが、1985年に出版された「チーズバーガーズ」になる。

 この記事のエントリーの最初で、僕は、短編集やアンソロジーの類いを省くと言ったはずなのに、ここでコラム集という、短編集以上に断片的なものの集まりを持ち出している。確かに、『丸々1冊読み通す』という本来の意味合いやその達成感から言うと、僕が第一にお勧めするのは長編小説だ。そして、これまでに、長編小説のペーパーバックを読み通すにあたっての、僕なりのささやかなアドバイスを語ってきた。

 しかしながら、敢えて、僕がここで「チーズバーガーズ」を取り上げるのには、それなりの理由がある。
 もしも、あなたが、長編小説に何度トライしても最後まで読み通せなかったとしたら、この「チーズバーガーズ」を試してみてほしい。
 なぜなら、この「チーズバーガーズ」は、かなり読みやすいからだ。それは、僕の、体験上からそう断言できる。
 ただ、それが、ボブ・グリーンというコラムニストの文体が読みやすいのか、新聞のコラムというものが、元来どれも読みやすいのかは、判断しかねる。

 読みやすい理由を考えると、新聞のコラムというのは、紙面のスペースの都合もあって、その文章量はほどよい長さになっている。あまりに長いと、読者は飽きてしまう。もともとの読者の目的は、ニュースを読むことであり、コラムというのは、あくまでも脇役なわけだ。
 それに加えて、ニュース記事とは違って、できるだけ平易な文体、読みやすい文体を心がけているようにも思える。あなたがコラムニストだったらどうだろう?新聞に載る自分のコラムを、新聞記者が書くのと同じ、新聞調の文体で書くだろうか?

 コラムの内容は、様々で多技にわたるけれど、基本的には、どうでもいいちょっとしたいい話である。
 僕の記憶しているコラムが、この「チーズバーガーズ」に収録されていたものなのか、別の本に収録されていたものか定かではないのだけれど、こんなのがあった。

 ボブは、携帯電話を買った。1985年以前の話だ。それは、現在の携帯電話やスマホしか知らないあなたが思うよりも、ずっと大きくて重かった。でも、その時代を知る僕からすると、それは黒電話を持ち歩くよりは、ずっとコンパクトでスマートなイメージであったのも事実だ。
 ボブはその携帯電話が嬉しくて、友人に電話をする。彼は、携帯電話から電話をするということが新鮮で楽しかったのだ。しかし、彼の友人にとっては、それが自宅の黒電話からであろうと、最新式の携帯電話からであろうと、ボブからの電話にすぎない。
 しつこく、『最新の携帯電話から電話を受けた気分はどうだい?』と話をつづけようとするボブに、彼の友人は、『明日は早いもんで、さっさとこの電話を切って、ベッドに行っていいかな』と、言い出す始末。
 そんな感じの、なんでもない日常のこぼれ話だ。

 「チーズバーガーズ」を勧めておきながら、ひとつ心配なのは、携帯電話の話題を持ち出したように、それは1985年頃の話題が中心だということだ。ただし、英語の古い新しいは、そんなに変わってないと思う。勿論、時代を越えて語られる話題もあるけれど、30年前のコラムということで、取り上げられているものが、例えば、その頃売れっ子だった女優のメリル・ストリープだとか、あの頃まだ生まれてもなかったあなたには、かなり古臭く感じられるかもしれない。

 もしも、昨今のコラムニストのペーパーバックが手に入るのなら、そちらをあたってみるのもいいと思う。30年前の「今」を語ったコラムよりも、本当の「今」を語ったコラムの方が関心もあるだろうし、時代背景もわかりやすくて、もっと読みやすいかもしれない。

 - ひとりごと, 僕がこっそり娘に伝えたいものシリーズ, 雑感

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