深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

時間はある

      2013/09/11

 たとえば、僕の今日の予定が、午後2時から11時までの仕事だったとする。前日の就寝時間が、遅かったか早かったかは別にして、大抵の場合、僕は遅くとも8時頃には朝食を食べはじめる。
 1日3回、毎食後に薬を飲まなければならないし、眠いからと言って、午後まで寝てしまうと、それはそれであとあと生活のリズムを戻すのが大変だったりするからだ。僕の勤務は、いわゆるシフト制というもので、朝7時からの勤務があれば、午後からの勤務があるし、昼休みがある日もあれば、ない日もある。日付が変わるくらいの夜中に帰宅して、次の日は朝7時から仕事なんてこともあって、元々生活リズムというものがないような暮らしをつづけている。
 おそらく、僕の体は、多分、体だけではなくて頭というか精神も、どういう生活サイクルが基本なのかを設定できないようになっている。1日の中のどの時間に活動するのかが、毎日違っていて、どのパターンを基本にしていいのか、毎日コロコロ不規則に変わるので、体に沁みついている時間がない。
 若い頃は、それでもまだなんとかなっているような気もする。それは、決して、若い頃は、そんなことを苦とも思わなかったというわけではない。若い頃だって、不規則な生活は、それが自分の自堕落によるものだったとしても、澱のように心身に蓄積され、いつしか爆発した。爆発と言っても、大抵の場合は、呆れるくらい長時間眠ることだったけど。

 健康的な暮らしというものが、どういうものなのか、なかなかはっきりと想像することができないんだけれど、毎朝ジョギングを欠かさない人の暮らしの中にも、睡眠不足や疲労というのはあるだろうし、ジム通いのために睡眠時間を削っている人だっているだろう。鍛えられた肉体という意味では健康的だったとしても、その人が健康だとは限らないし、それが健康的な暮らしかと言われれば、返答に困ってしまう。
 ジョギングもジム通いも必要ない生活。わざわざそんなことをしなくても、必要な体力も筋力も、日々の暮らしの中で培っていけるような暮らし。それが、健康的な暮らしというものなんだろうか?

 と、ここまで書いておいて申し訳ないんだけれど、健康的な暮らしについて書くはずではなかったことを思い出した。
 そうだ、時間について、書くつもりだったんだ。
 もう一度、やり直し。

 たとえば、僕の今日の予定が、午後2時から11時までの仕事だったとする。前日の就寝時間が、遅かったか早かったかは別にして、大抵の場合、僕は遅くとも8時頃には朝食を食べはじめる。
 ここまでは、最初に書いた通り。
 午後2時からの出勤ということは、出勤前に自宅で昼食をとるにしても、朝食を終えた時から12時くらいまでは、たっぷりと時間があることになる。
 勢いで、『たっぷりと時間がある』なんて書いたけれど、問題は、ここだ。

 朝ご飯を食べながら、僕は、12時までの時間を何に使おうかと考える。
 そんなにたくさんやりたいことがあるわけではない。幸運にも、やらなければならないことは、ほとんどない。必ずやらなければならないことは、朝ご飯を食べたあとの食器洗いと、昼食を作って、食べて、また洗うこと。自分の部屋の掃除は、休みの日にとっておこう。

  • ブログを書く
  • ギターを弾く
  • 散歩、もしくは、走りにいく
  • 本を読む
  • google先生と戯れながら調べ物をする
  • もう少し、寝る
 この中から、どれをしようかと迷うわけなんだけれど、あれこれ考えていると必ずハマってしまう罠があって、それは、『時間がない』と思ってしまう罠だ。
 もう一度確認するけれど、朝ご飯で使った食器と台所用品を、納豆の入ったあのヌルヌルのトレーまできれいに洗ったとしても、9時までにはすべて洗い終えて、拭いて、元々あった食器棚に戻すことができる。だとしたら、昼食の準備にかかるのが12時としても、3時間という時間があるわけだ。
 しかしながら不思議なもので、その3時間を、『時間がある』と肯定的・前向きに思えるときと、ただただ否定的に3時間しかなくて、『時間がない』と思うときがある。

 ブログを書きたいけれど、ブログって、1時間かけたから1時間分の結果が出る(文章が書ける)わけじゃないしなぁ、とか。
 ギター弾きたいけど、弾きはじめると、最低1時間はやめたくないから、そんなことしてるとほかのことをしてる時間がなくなってしまうしなぁ、とか。
 天気がいいし、走りに行きたいけど、午後から仕事なのに、疲れるのはイヤだしなぁ、とか。走ったあと、シャワー浴びたりしてると、さらに時間がなくなっていくしなぁ、とか。
 とにかくまだ眠いから、もう少し寝ようかな、でも、寝たからって心身ともにスッキリするとはかぎらないしなぁ、とか。

 と、『時間がない』と思ってしまう罠に足元をすくわれていると、次には、あれもこれもしたいことの全部をしなくてはならないような錯覚に陥って、そう思うと今度は、どれもこれも全部なんて無理じゃないかとイライラしだし、やっぱり『時間がない』んだよ、なんていう出口のない堂々巡りに入り込んでしまったりする。
 その結果は、みなさんご存知のようにというか、結局、そんなことをツラツラと考えているばかりで、気持ちばかりがなんだか焦っているんだけれど、ダラダラとなにもしないで時間が過ぎていってしまう。
 よくよく考えたら、こういう時間の使い方が一番もったいないし、これまでに僕は、どれだけの時間を無駄に過ごしてきたんだろう。
 『時間がない』という罠にハマって、結果として、時間を無駄に過ごしてしまうなんて、なんて皮肉なことだろう。

 もしも、『時間がない』と、必要以上に焦ったりイライラしたりした時は、考えるのをやめるのがいい。考えるよりも、パソコンを開いてブログページにアクセスしてこうして書きはじめるか、ギターケースを開いてギターを弾きはじめるか、ランニングシューズに履き替えて走りはじめてしまえばいい。
 そうすると、どれもこれも全部をやる必要はないことがわかって、『時間がある』ことに気づく。

 さて、これでブログは書き上がったし、次はギターを弾くことにしよう。
 (というか、本当に、ブログが書き上がってちょっと驚いている。毎回、こういう風にうまいこといくといいんだけど)

 - ひとりごと, 僕がこっそり娘に伝えたいものシリーズ, 雑感

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  関連記事

no image
さてさて、肩の力を抜きつつも…そろそろ、いかなくちゃ

 あれよあれよという間に、8月が終わろうとしている。自室の小さな作業机に置かれた …

no image
三振なんて怖くない

 僕ら1960年代生まれは、所謂、野球世代と呼んでいいんだろうな。『巨人の星』と …

no image
ここではない、どこかへ

今夜もこうして、僕はキーボードの上に礼儀正しく十本の指を乗せ、なんのひらめきもな …

no image
今日は何の日だっけ?

 今年はというか、今年も、1月から1年がはじまったわけなんだけれど、4月というの …