深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

神戸を歩きながら、デタッチメントもしくは村上春樹について考える3

      2013/09/11

 いつか君と歩いた神戸の道を黙って歩いていると、僕はいつしかあの頃の僕になっていくような錯覚を覚える。
 目の前の角を曲がったら、見慣れたカーディガンを着た君が立っているかもしないと考えるのは、あまりにも非現実すぎるだろうか。

 誰も傷つけたくないし、誰からも傷つけられたくもないと考えた時、生きて行くことはとてつもなく不可能に近いものに思えた。
 もしくは、誰にも迷惑をかけたくないし、誰からも迷惑をかけられたくないと考えた時、この世界で生きていくことは難しいと思えた。
 だからと言って、おさらばするわけにはいかない。なぜなら、僕は、君のことが大好きで、君を置いて逝くわけにはいかないし、キミの笑い皺があともう数ミリ深くなった時の君の笑顔を見ることを、君に言うつもりはないけれど、楽しみにしている。
 でも、僕はほんとうに誰も傷つけたくはないし、誰にも迷惑をかけたくないんだ。だって、誰も彼もが僕を平気で傷つけていることにさえ気づかないし、迷惑がっている僕のひきつった愛想笑いにすら気づいてない。勿論、僕は愛想笑いなんてしたくないんだけれど、そうそうあっちこっちで衝突ばかりもしてられないさ。

 この前、誰かが言ってたんだ。
 「自分ばかり傷つことが上手になって」、って。
 確かにそうかもしれないね。僕も含めて人は、他人を傷つけている自分よりも、他人に傷つけられている自分に敏感なのかもしれない。自分が傷ついているからって、自分が相手を傷つけてないなんて、きっと言えないよね。

 でも正直どうしていいのか、時々、わからなくなる。
 たとえば、僕がここに存在するということだけで、僕は誰かに多大な迷惑をかけているのかもしれないし、僕が人間であること、日本人であること、そんな諸々のことさえ時には誰かを傷つけているのかもしれない。

 あの頃の僕は、できもしないような大きな夢や、幻想を、自信満々に、あたかも自分が選ばれし人間かのように君に話していた。だってそうしなければ、自分がとってもちっぽけな人間だって、君に思われそうで。
 でも、ほんとうのところは、できるだけ誰も傷つけず、誰にも迷惑をかけずに生きていくこと。そんなささやかな世界を、あの頃の僕は望んでいたんだろうな。

 君がいて、僕がいて…、仕事を終えて家に帰れば君がいて、その日の出来事を報告し合って笑って、二人で食器を洗ったり、洗濯物を畳んだり、アイロンがけをしたり、お風呂に入って君が髪を乾かし終えたら、洗面台の前に二人で並んで歯磨きをして、そして明日のために眠って、朝、目が覚めた時には、君にその日の最初の「おはよう」を言う。
 それが、きっと、あの頃僕がほんとうに望んだ世界のすべてだったのかもしれない。

 曲がり角を曲がってもそこに君がいないことを、僕は知っている。でもそう簡単に認めたくはないんだ。だから、もうしばらく、うつむき加減にまっすぐに歩きつづけよう。

 - 村上春樹, 物語みたいなもの

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