深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

『風の歌を聴け』の第1章について

      2015/10/01

glass2-thumbnail2

 村上春樹は、『風の歌を聴け』の翻訳を、許可していない。厳密に言えば、はるか昔、『風の歌を聴け』は日本国内で英語に翻訳され、出版・販売された。しかし、その後、村上春樹はその英語版の海外での販売を許可していない。
 その理由は、村上春樹にとって『風の歌を聴け』は、彼の小説としての及第点をクリアしていないと、彼が判断しているからだ。もっと言えば、そのデビュー作は、小説の態をなしていない。と、彼は思っているのだろう。

 しかしながら、『風の歌を聴け』という小説は、いい作品だ。と、少なくとも僕は今でもそう思っている。
 確かに、『風の歌を聴け』は、物語という面から見れば、村上春樹が言うように、稚拙でつまらないストーリーなのかもしれない。そこには、Seek & Findもなく、明らかになっていく謎も、再生の物語もない。
 はっきり言おう。『風の歌を聴け』は、紡がれた物語ではなく、選び抜かれた言葉の羅列と蓄積なのだ。そこに提示されたものは、物語ではなく、イメージだ。言葉そのものの肌触りや舌触り、その言葉が紡ぎ出すイメージの響き。そこに、物語はない。いや、そこには、厳密に定義される言葉も、ない。もしくは、意味さえも無にするための周到な言葉があると言い換えようか。

 『風の歌を聴け』の第1章は、こう始まる。  

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

 そして、延々と、書くことや、今から読者が読むであろう物語についての言い訳が綴られていく。そう、延々と。
 この第1章は、丸々すべてが言い訳で綴られている。よくできた言い訳であり、初めての小説を書こうという若かりし日の村上春樹を思うとき、僕はこの第1章を読むたびに、深い感銘を覚えずにはいられない。そして、この文章を書いていたであろう青年村上春樹の姿を思い浮かべて、僕の心は震える。ここにいるのは、『作家』になる前の、村上春樹なのだ。
 書くという行為に惹かれながらも、書くことが怖くて仕方ない村上春樹。書くことについて、自分が書いたものについて、延々と言い訳せずにはいられない村上春樹。  

夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことができない。
 そして、それが僕だ。

 『夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間』が書く文章とは、どんな文章だろう? 『それだけの文章』とは、つまらない文章なのだろうか? しかし、勿論、『それが、僕だ』と言いながらも、『それだけの文章』が、どんな文章なのかを、村上春樹は語らない。決して、つまらない、ひどい文章だとは、言わない。そう、それは、自信と自信のなさを垣間見せる、狡猾で、卑怯な言い回しだ。
 本当に、『それだけの文章』なら、彼は、『風の歌を聴け』なんて小説を書かなければいい。少なくとも、本気でそう思うなら、『群像』の新人賞に応募する必要すらないはずなのだから。

 書くことは、ただ、書くだけなら、それはとても個人的な行為である。しかし、書いたものを公開・発表するということは、ある意味においてとても恥ずかしい行為であり、自分が発した言葉によって定義付けられ、評価されることは、どれほどに恐ろしいことだろう。
 自分がいいと思って紡ぎ、選んだ言葉を、他者はまったくもって振り向きもしないかもしれない。勿論それは、彼の人格を否定するものではないし、人間的な不適格を宣言するものでもない。ただ、つまらない文章であり、くだらない小説だという、それはあくまでも書いたものに対する評価だ。
 そう考えながらも、村上春樹は、『風の歌を聴け』という、生まれて初めて書き、新人賞に応募した小説の冒頭に、この延々とつづく言い訳を書きつらねずには、物語を始めることができなかったのだ。

 どうでもいい話だけれど、僕は、時々、書くことがとてつもなく苦痛になったとき、自分を励ますためにこの第1章を読むようにしている。
 村上春樹ですら、これだけ恐れおののき、くどくどと自分に言い聞かせるように言い訳をしているのだ。そう思うと、僕ごときがどんなひどい文章を書こうが、気にしなくていいような気持になってくる。
 もしも、僕が、村上春樹にアドバイスできるような立場になれたなら、僕は真っ先にこの第1章だけでも翻訳を許可するべきだと訴えるだろう。この第1章が、世界中の『書く人々』をどれだけ勇気づけ、励まし、慰めることか。

遂に、別の翻訳家による新しい英語翻訳が出版されたようだ。『1973年のピンボール』との合本になっている。


村上春樹では、泣けない
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の、ごくごく短い感想以前の話

 - , 村上春樹 , , , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

ルーシー・リーの不意打ち(Casa BRUTUS 10月号)

 せっかくはるばる来たのに欲しいと思うものがないのが口惜しくて、僕はすでに見た棚 …

no image
『素数の音楽』(マーカス・デュ・ソートイ著)を読む

 僕自身、数学が苦手なことについては、福田は考えるまでもなく、補助線を描いて、ニ …

『思考する機械 コンピュータ』(ダニエル・ヒリス著)を読みはじめたら、『痛快!コンピュータ学』(坂村 健)を読み返したくなった

 名著と呼ばれている、古典的な著書であるらしい。  僕は、小飼弾氏のブログの石の …

no image
神戸を歩きながら、デタッチメントもしくは村上春樹について考える3

 いつか君と歩いた神戸の道を黙って歩いていると、僕はいつしかあの頃の僕になってい …