深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

神戸を歩きながら、デタッチメントもしくは村上春樹について考える2

      2013/09/11

 元町の商店街を抜けて、三宮に向かいつつ、北へ北へと歩いていく。どの地点からというのは判然としないし、北へ向かう坂道はその坂道ごとにそれぞれの顔をもっているだろうけれど、ある地点から自分のいる場所が神戸の北野であることを感じはじめる。
 基本的に、僕は、方向音痴だ。目的地にスムーズに、一直線に辿り着けることは、僕の人生の上でも、それがよっぽどの一本道でもないかぎり、皆無だ。大抵は、道に迷うことになるか、少し遠回りになる。

 ゆっくりと、北野の坂道をのぼりながら、僕は初めてここを訪れた時のことを思い出す。
 おそらく、30年くらい前の話だ。僕は、高校生だったろうか。それとも、大学に入ったあとのことだっただろうか。そんなことすら、もう正確に覚えてはいない。ただ、誰と一緒に行ったのかだけは覚えている。異人館の壁にもたれた彼女の背が、162cmだったことを忘れないように、僕はおそらくこれからも神戸北野の異人館を初めて訪れた時の相手を、忘れることはないだろう。

 初めてこの地を訪れた時も、僕は、というか、僕らは道に迷っていた。
 神戸に住んでいる人からすれば、妙に聞こえるかもしれない。北側に山があって、南側には海がある。神戸とは、ただそういう街だ。そんな街で、なんで道に迷うのかと、何度か笑われたこともある。
 ただ、その当時の僕らは道に迷うことを苦とも思っていなかったし、目的地に着けないのは困るけれど、道に迷うくらい、遠回りをするくらい、なんの問題もなかった。デートを重ねることで、彼女は僕とのデートは歩くということを理解していたし、目的地が北野と決まった電話が終わった時点で、彼女がその日に履く靴からヒールをもぎ取っていたことは間違いない。

 ある坂道を北へのぼっていき、僕らは、交差点とは呼べないような小さな道の角で、立ち止まった。
 このまま北へ進むべきか、僕らの北側に伸びる、今僕らが歩いてきた道よりも更に道幅の狭くなる道を見上げながら、しばし思案した。ただ、思案した、というのは、別に科学的な根拠に基づいたり、地図を拡げたわけではない。それぞれの第六感に、そっと尋ねてみただけのことだ。まっすぐか、右か、左か。どっちに、進む? 勿論、だから、僕らは道に迷うんだけれど、そんなことは苦にしてないのだから、気にすることはない。

 「あっ、この道、通ったことがある」
と、彼女が、言った。
 (えっ、異人館は初めてじゃなかったの?)と、思いながら、彼女の次の言葉を待った。
 「昔、お父さんとお母さんと三人で来たとき、ここを通った気がする。お母さんが、ずっと昔、お父さんはこの辺りに住んでたことがあるのよ、って言って、あまりに意外で驚いたことを覚えてる。その話が出たのが、確か、この道を通ってた時だわ」

 「だから、多分、こっち」
と言って、彼女はつないでいた僕の手を引っ張るように、僕の先に立って、角を右に進んだ。
 東西に伸びる横道も、車一台が通るのがやっとなくらいの狭い道だった。当然のように、歩道なんてない。手をつないで横に並んで歩きながら、車が通るたびに、僕らは道の端にくっつくように身体を寄せ合い、車をやり過ごした。

 あの当時、僕は、彼女の両親とうまくはやっていけてなかった。
 思い出してほしい。かれこれ30年前の話だ。十代の娘の彼を、快く思う両親なんていただろうか?
 しかも、彼女はひとり娘で、両親が40歳を過ぎてからできた子供で、彼女のふたりの兄は十歳以上年上で、家族の誰からも大切に可愛がられて育ってきた。
 彼女が、家族のひとりひとりを、当然のように大切にしていることも、よくわかった。

 でも、僕は、30年前の神戸で、北野異人館の東西に伸びる狭い横道で、彼女を抱きかかえるように立ち止まって、通りかかる車をやり過ごしながら、思っていた。

 この世界が、僕と彼女だけなら、いいのに。

つづく…神戸を歩きながら、デタッチメントもしくは村上春樹について考える3

 - 村上春樹, 物語みたいなもの

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