深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

彼女は振り返りもせず改札の向こうに消えた

      2020/01/06

 帰省していた娘を最寄りの駅まで送ってきた。なぜだかここのところ、それがぼくの役目になっている。去年のお正月もそうだったし、今年の夏もそうだった気がする。自宅の玄関前で、ぼくと娘は車のなか、娘の母、祖母、叔母は車の外に並んで手をふる。祖母は、すこし涙ぐんですらいる。
 最寄りの駅に着くと、ぼくらと同じような見送られる子供と見送る親との組み合わせがあちこちにいる。早く着きすぎたぼくらは、駅ビルの店でぼくのハンカチを買うとこにした。紳士服が置いてあるとある店のなか、ハンカチが並んだコーナーを見つけた。ありがたくも20種類ほどのハンカチがきれいに並べられていた。
 しかし、と言うべきか、ぱっと見てぼくが直感的に選んだハンカチは2種類。それ以外は食指が動かないデザインと色だったのだ。ただ、もうひとつだけ、ありかなしか迷ったハンカチがあった。
 そばでぼくの様子を見ていた娘と目が合った。
 「こんなもんかな」(ちなみに、ハンカチは1枚500円だった)(さらに言うと1000円以上買うと駐車料金が2時間無料になる)
 娘が、無言ながらいちばん端に置かれたハンカチを見てる気がした。
 「やっぱり、これもあり?」
 「お父さんなら、選ぶかなと思って」
 「ちょっと気になったけどね、やっぱりこれはありか」
 親子で好みが似るのは至極当然のことだろうと思いながらも、なぜだか少しうれしい。結局、ぼくは3枚のハンカチを買うことにした。娘がくすっと笑った。

ハンカチ

 買い物を終えたぼくらは、駅ビルのなかを通り抜けようとしていた。ふとぼくの視界の端にプリクラの機械が目に入った。こんなところにプリクラがあるんだと、素直に驚いていたらそれが口からでた。
 「プリクラがある」
 「えっ? 撮るの?」
 「(ん? 撮る?)」
 「ん?」
 「あぁ、えっ? 撮る?」
 「うん、撮る?」
 と、一瞬のうちに相手の様子をうかがうようなジャブの応酬のようなものを経て、
 「じゃあ、撮ろうか」
ってことになった。
 「男のひとの立入禁止じゃないんだろうか?」
と、娘が言いだした。
 そうそう、都会じゃあプリクラに夢中になっている女子高生のスカートの中を盗撮しようっていう輩や、他人のプリクラを盗もうって輩がいて男性はプリクラコーナーに入れないってニュースを見たことがある。
 それならそれであっさりあきらめようと思ったのだけれど、親子でそれらしき張り紙をさがすも、なんの注意書きも見当たらない。
 これは、もう撮るしかない。プリクラなんてニュースでは見るけど、実際に使うのなんて何十年ぶりだろう? そういえば自室の整理をしていて、娘がまだ赤ん坊の頃のプリクラを発見してニヤついてたのは昨年の秋のできごとだった。どうやら娘も慣れていないのか、プリクラの機械のどこからはじめてどこに入っていいのかもわからずもたもたしている。ぼくは娘をリードする自信もなく、ただただ娘まかせの老父と化していた。

 やたらと明るく白っぽく感じられる撮影場所で、ぼくらは正面のカメラに合わせて並んだ。そのプリクラ機は、次はこんなポーズをどうぞとポージングを要求してくるものだった。
 「はい、3…2…1」
 あれ? 遅れてて指でハートが作れてない。
 「はい、3…2…1」
 今度は、両頬を指で指すのか…いやいや、また出遅れたぞ。
 「はい、3…2…1」
 頭の上で両手ピースでうさぎのポーズ? やるけど、ちょっと恥ずかしいぞ。
と、わいわい言ってるうちに、撮影は終わった。
 今度は、撮影されたものの加工の仕方がわからなくてもたもたする。娘はやたらと白くすることにこだわっている。まぁ、はっきり言ってぼくは自分の写真なんてどうでもいいんだけど。
 「お父さん、電車がくる。急がないと」
 ぼくらはできあがった写真が受け取り口から出てくるのも待っていた。
 「お父さん、写真受け取っておいて」
と言って、娘は荷物をひきずりながら改札をめざして行ってしまった。
 と、ほどなく、写真が出てきた。画面を見ながら加工したのでどんな写真かはわかっていたものの、そろそろ還暦を迎えようかというおっさんがツルツル美白な姿で映っている自分を自分と感じるのはちょっとむずかしい。娘の方は、加工しても娘だと思えるような具合だったので安心した。せっかく撮ったのに誰だかわからないような変貌ぶりでは撮った意味がないじゃないか。多少、娘の目が大きすぎる気はするが許容範囲だ。

 2枚のプリクラを握りしめたぼくは、一瞬、考える。ひと足先に改札に向かった娘を追いかけるべきか、このままここで見送りを終了するか。
 無理に追いかける必要もないよな。娘だって別にプリクラがほしいってわけじゃないだろうし。多少仕上がりを見たいって気持ちはあるにしても。
 なんて思いながら、気がついたら娘の後ろ姿を追いかけていた。(あれ? いま、追いかけなくてもいいかって考えてたはずなのに…、いつのまにぼくの足は動いてた?)
 改札の前できっぷを取り出そうと立ち止まった娘に、なんとか追いついた。
 「はい、これ」
 驚いたように振り返った娘が、すこし笑いながらプリクラを受け取った。たぶん、そんなことより電車の時間が気になるのだろう。
 「じゃあね」
 「ほなな」
 ふたりのあいさつが重なった。
 そして、振り返ることなく(去年は振り返ってくれたんだけどな)、娘は改札のむこうに足早に消えていった。

 駐車場の車にもどったぼくは、あらためてひとりになってプリクラをじっくり眺める。
 そして、撮影中もなんどか絶叫した言葉をもう一度繰り返す。
 「ハゲとるやないか!」
 プリクラよ、増毛加工も可能にしてくれ。

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