深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

吉田修一の『愛に乱暴』を読んだ話

      2019/05/23

 さて、(ん? なにが、「さて」だ?)、各種SNSでやっぱり吉田修一はいいなと言ったあとなので、ここらで一応まとまった文章を書いてみようということである。
 吉田修一、確かに『悪人』だとか、『さよなら渓谷』だとか、『怒り』だとか、ミステリー寄りな作品が大ヒットした感があって、すっかり昔のことを忘れていた気がする。Wkipediaによると、この『愛に乱暴』という作品は、2013年5月に新潮社より刊行され、2017年12月に文庫本化されている。買ったのはきっとその頃だったのだろう。ただ、上下に分かれたこの文庫本は、僕の部屋で表紙のページを開かれることもなく1年を過ごしていたことになる。正直に言うと、そんな本を買ったことすら忘れていた。時々、部屋のどこかで見かけたかもしれないけれど、上下本なんてめんどうくさいなと読むのをあとまわしにしてきた。しかも、『愛に乱暴』だ。相変わらずというか、なんのことだかさっぱりとわからない。
 いまさらながら文庫本についた帯の文章を読んでみると、
 上巻 妻は叫ぶ「あの人の妻は私!」
 主婦桃子は不倫騒動に巻き込まれた! 妻の座をめぐる闘争と冒険の物語
 下巻 女はつぶやく。「私、産みますから」
 驚きの結末に呆然、感涙! 義母と不倫女に挑む結婚サバイバル。
 申し訳ないけれど、半分以上意味不明だ。妻の座をめぐる闘争はわかるにしても、冒険? そして、結婚サバイバルってなんだ?
 加えて、上巻の裏帯にはこんな小説からの一節が印刷されている。

「あの、床板を剥がしたいんですけど」と桃子はさらりと言った。もっと驚くかと思ったが、「床板ですか? 奥様が?」と若いスタッフもさらりと訊いてくる。
「ええ、私一人で」
「部分的にでしょうか? それとも部屋全体?」
「そうね、畳一畳分くらいでいいんですけど」

 なんだ? 床下に死体でも埋まってるのか? って、思う。そりゃ、思うよね。ここは思わないといけないってか、そう思わせといてという戦略なのか、はたまたただただ売るためだけの煽り文を載せた裏帯ってことなんだろうか。僕にはよくわからない。ただ、読み終わるまではこれらの思わせぶりはなんの意味もないということだ。
 もしもこの小説について述べられている誠実な文章があるとするなら、吉田修一自身が語ったとされる下巻の裏帯に書かれた以下の一文であろう。

『愛に乱暴』は何小説と呼べばいいのでしょうね。(中略)ミステリーの要素も大きいのですが、ミステリー小説とも呼びにくい気がする。そんなジャンル不明の小説になりました。ーー吉田修一(「波」2013年6月号)

 小説の内容をくわしくは書かない。ただ、上巻を笑いながら読んだことと、下巻になってあぁそういうことかと思ったことは書いておこう。
 そして、『愛に乱暴』は、登場人物の誰に感情移入していいのか、誰を安心して信用していいのかがわからない小説だ。誰がマトモで、誰がマトモでないのか。いや、誰というひとりではなく、誰のなかのどの部分がマトモなのか? それ以外はマトモではないのか? ときに頭がぐるぐるとまわる。後半はそれが楽しい。
 あともうひとつ、『愛に乱暴』と愛を掲げながら、セックス描写がないのはなぜだろう? 小説の冒頭は、セックスの話題ではじまっているのにもかかわらずだ。セックスはあったのか? もしくはなかったのか? あったならどんなセックスだった? それは書かなくてよかったんだろうか?
 最後にくどくもうひとつ。幾多の思わせぶりに翻弄される中、神の視座について僕は考えたんだった。作者の立場で、読者の立場で、小説を離れたこの現実世界を生きるひとりの人間の立場で。誰になにがわかるというのだろう? 僕の人生を生きている僕自身が僕の人生さえわからないというのに。

 とにかくむちゃくちゃおすすめします。

【注意】Kindle版です。

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