深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

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重症急性膵炎(最終回)—病後の終焉

      2017/08/09

 今年に入って、近親者やまわりの人から、「ほんとうに元気になりましたねぇ」としみじみと声をかけられる機会が増えた。ある時は、朝の食卓を共にする義母からだったり、ある時は偶然帰りが一緒になった職場の人だったり、またある時は、久しぶりに会った誰かだったり…。
 ここ1、2年、病気をする前に戻ってきたなという実感はあったし、もう病後ではないんだろうなと思ってもいた。が、それにも増して、今年はなんだか、あの病中や退院直後のことを思えば「生き返ったようなもんだな」と思えるようになった。だから、この重症急性膵炎というカテゴリーの記事もこれで最後にしようと思っている。

 前回の通院日は3月だった。若干血圧は高かったものの前回同様の薬を処方されて簡単に終わるだろうと思われた診察が、そうはいかなかった。降圧剤の量が増やされたのだ。何度もこの場で書いているが、僕は厳密な食事制限からはほど遠く、基本好きなものを食べている。病気をして以来、絶対に口にしていないものはアルコールくらいだろうか。元々が下戸の僕は、みずからアルコールを飲みたいという衝動がないのだけれど、正月に振舞われるお神酒でさえなんだか恐ろしくて飲んだことがない。別の言い方をすれば、アルコール以外は大抵のものを—医者がダメだというものを—食べている。
 その結果、これもまたここで何度も書いているけれど、体重が病気をする前に戻っている。最高で14kgほど減った体重が、完全に病気前というか、一時期は病気前より増えたりもした。体重を気にしていないわけではない。むしろ、毎日体重計に乗っている。けれど、体重は増えていってしまい、血圧も高くなってしまった。
 不思議なもので、体重が減れば血圧は下がる。それは、病気をした時に痛切に経験した。そのせいだろうか、そのうちまた体重管理がうまくいけば、黙っていても血圧も下がるさと、僕は高をくくっていた。しかし、年齢とともにそうそう体重管理はうまくいかない。どころか、昨年の5月からロードバイクに乗りはじめて汗をかく機会を増やしたにもかかわらず、筋肉量は増えても体重は順調には減らなかった。

 元気になったと言ったり、高血圧が進んでるといったり、はたまた体重も増えて肥満気味であったりと、いったいどっちなんだという話ではあるのだけれど、僕は元気です。これまでにないくらい。
 そしてはるか昔、あの病後のときに、もう働くことはできないと悩んだことも、駐車場から職場までのわずか数百メートルの道のりがあんなにつらいと思われた日々が、まるで嘘のように僕は元気です。仕事を終えて帰っては毎日のように布団に倒れ込んで意識を失っていたのも、職場のカウンターであまりの痛みに脂汗を流しながらかがみこんでいたのも、筋肉をつけようにも鍛えればすぐに何倍もの疲労と痛みになって跳ね返ってくる日々を思い返せば、ほんとうに僕は元気です。

 これが医学的に正しいのかどうか、それについては僕は自信がない。ひょっとしたら、今こうして好きなものを好きに食べて、もう一度やりたかったロードバイクに乗って汗をかくようになって、寿命という意味では悪影響を与えているかもしれない。主治医の言うように、食事制限を厳格に守って刻み食を食べ、静かな生活を送ったほうが長生きできるのかもしれない。仕事だってもっとストレスの少ない部署に変わった方がいいだろう。毎日8時間以上立ちっぱなしで、真夏の熱風を浴びたり真冬の寒風に吹きさらされたり、毎日毎日出勤時間も退勤時間もコロコロと変わる変則シフト勤務よりも、病後にやさしい職場や部署はいくらでもあるだろう。
 ただ、僕はたどり着いたのだ。そう感じている。すべてが僕の力だとか、なにかを声高に自慢したいわけではない。少なくとも今の僕は、働いてその疲れを回復してまた働くという生活サイクルを取り戻している。休んでも休んでも疲れがとれなくて、入院中も僕を苦しめた微熱状態を彷彿とさせるような、どっちつかずで無為にすごした使えない時間があった。起きてはいるし、なにかをしたいという意欲はあるのだけれど、頭がぼぉーっとして集中力が足りなくて、結局床に横になったまま時間だけがすぎていった日々。どれだけくやしい日々だったろう。

 もう一度慎重に書こう。
 僕は、元気です。働いて、休んで、また働けるだけの体力もついた。休日にはロードバイクを走らせるくらいの気力も体力もついた。アルコール以外の大抵のものは食べられる。食べてもすぐに具合が悪くなることはない。胆嚢をとった時に肋骨に沿って18センチ開腹した痕もかなり目立たなくなってきた。そして、やっと腹筋運動をしても内臓がへたることがなくなった気がする。これから先長生きできるのかどうかはわからないけれど。
 それでも、もう二度とは戻れないとあきらめた場所に、僕は戻ってこれた気がしている。いや、戻ってきたんだと思う。10年近くの歳月がかかったけれど。この先どこまでもつかはわからないけれど。膵臓の大半は壊死してただれてしまってることに変わりはない。決して治ったわけではない。それは自戒として忘れないようにしよう。
 治ったわけではないし、これから先も治ることはない。
 でも、僕は戻ってこれた。ありがたいことだと思う。

 最後に、このつたない記録が微力ながらも誰かの役に立ってくれたらうれしいです。

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