深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

32年経った今もキミの夢を見る不思議について(下書き)

   

 断っておくけど、キミにこっぴどくふられたあの日から、今年で32年が経つことを指折り毎年数えてきたわけではない。僕だってそんなに暇をもてあましているわけではないし、キミにふられた後もなんとか人並みにいくつかの恋をして、そのうちのひとりと結婚もした。結婚だって、もうずっとずっと以前の話だし、キミにふられたのはそれよりまだもっと昔の話だ。
 それでもキミに見放されてからの数年、僕は彼女なしで過ごす羽目にはなった。中学2年の時に初めて彼女ができて以来、僕の人生で彼女のいなかった空白の期間だ。僕は自分がモテるとは思わない。モテるとは思わないけれど、女運だけはいいような気がする。いつも誰かが僕を拾ってくれる。僕を捨てたのはあとにもさきにもキミだけだけど…いや、イヤミとかじゃなくて、事実として。

 キミは知らないだろうけど、キミを失ったあとの僕は目も当てられないくらいひどい日々を送ったんだった。食べる気力はなくなり、眠れない日々がつづき、挙げ句の果てには鼻血が止まらなくなって2軒の病院の厄介になった。これまでの人生の中でもあんなに鼻血を出した記憶はほかにない。
 キミも知っている僕のセミダブルのベッドのあの分厚いマットを通り越して、フローリングの床にまで僕の鼻血は達していた。そして、無遠慮に自分の鼻にねじこんだティッシュのその先からさらに鼻血が滴り落ちたこと。タオルで鼻をおさえつづけていても、幾重にも折りたたんだタオルが真っ赤に染まり、タオルをおさえる僕の指の隙間から血がぽたぽたと音を立てて落ち、絨毯を汚していったこと。
  病院に行ってやっと落ち着いたと思って本を読んでいたら、滴り落ちた血がそのページに当たって撥ねて、とてもきれいな深いシミをつくっていったこと。2階にある僕の部屋でまた出血すると間に合わないので台所で眠っていたら、朝に近い深夜に、喉の痛みで目が覚めたこと。仰向けに寝てた僕は、ざらざらの血を鼻から出すのではなく大量に飲み込んでいたせいで、喉が痛くなっていたのだ。そして、目覚めた。
 洗面台に水を貯めて、その淵に顎をのせ、水面に落ちていく血を僕は見ていた。鼻血の方が水よりも重いせいだろうか。水面にあたった血がそこで拡がっていくのではなく、血の滴りは水面を突き破ってさらに沈んで洗面台の底にあたって跳ね返った。そして、水のなかで行き場を失ったように曖昧になって溶けていく。
 ふと、このまま死ぬのかなと思った。それはそれで仕方がない気もしたけど、なんだかひどくかっこ悪い気もした。やっぱり死ぬのはまずいかなと。洗面台いっぱいに貯めた水が、まるで絵の具を溶いたようにきれいに赤く染まっていた。

 あの日も、僕はなんの希望もないまま朝を迎えた。なんの希望もないとは、キミが僕の元に戻ってくる希望がないということだ。そして、僕はこれを書きながら当時の気持ちがふつふつと蘇ってきてしまった。『喪失感』。なにかを失うことがどんなことであるかを、僕はキミを失うことで知った。不謹慎かもしれないけれど、キミが不慮の事故や不治の病でこの世を去っていったのなら、その『喪失感』はまた別のものだっただろう。僕があのとき感じた『喪失感』は、この世に今までと同じようにキミが存在しているのに、キミが僕の手の中にいない絶望感というか、もうキミに触れられないんだという喪失感というか、キミが僕の彼女でいることを自ら拒んだことによる孤独感というか、僕はもう一度キミと話し合いたいと、いやそれは話し合いなんてもんではなく、キミに愛を乞いにいきたい衝動にどれだけ駆られたことだろう。
 そして、当時も考えたんだった。キミが死んで二度と会えないという状況と、キミが僕のもとに戻ってくる可能性がゼロではないにしろ、キミがいまもこの世にいて僕の彼女ではないという状況。どっちがより絶望的なんだろうかと。

 このときの経験により、Scott Fitzgeraldの’The Great Gatsby’は、僕のフェイバリットでありつづけているし、Gatsbyの心情が痛いほどわかる。わかりすぎて、読んでいると胸どころか、頭さえ痛くなってくる。
 そして、ここ数年で言えば、西野カナの「会いたくて 会いたくて」だ。この2010年に発表された曲が、僕にあの頃を思い出させ、思わず鼻血が出そうになる。
 

会いたくて 会いたくて 震える
君想うほど遠く感じて

 そうなんだ。キミを想うほどというか、キミのことしか考えられないくらいキミのことを想っている状況のなかで、キミがとても遠くに感じられてしまう。あのもどかしさ。寂しさ。痛み。あぁ、そうだ、キミはもう僕の彼女ではないんだ、思い出したように突きつけられ剥き出しになる現実。

 - 日記みたいなもの

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