深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

スガシカオの『そろそろいかなくちゃ』にグリップされた日々

   

purutop-pakutaso

 またしても、唐突に、今はこの曲にはまってるんだよ、と、語ってみたくなったのが、スガシカオの『そろそろいかなくちゃ』だ。
 スガシカオ本人には失礼かもしれないが、『夜空ノムコウ』をSMAPに提供してブレイクした頃、僕は彼に大して興味がなかった。天の邪鬼な僕がある程度まとまって彼の曲を聴いてみたのは、そういったブームなり、波がひととおりおさまったあたりからのことだった。
 その時に、特に僕の心を捉えたのが、『ぬれた靴』と『そろそろいかなくちゃ』だ。

 村上春樹は、「意味がなければスイングはない」という本のなかでスガシカオについて語り、一番好きな歌詞として、『ぬれた靴』の一節を紹介している。

なれないスーツと ひどいドシャ降りで
なんだか疲れきってしまった

式の帰りで 誰かがいい出して
うすぐらい中華屋にはいった

”ねぇ 最近仕事はうまくいってるの?”
うまくいってやしないけど

ぬれた靴の中が かわいてしまうまで
ぼくらはどうでもいい 言葉をつないだ

通りに面した ガラス窓がくもって
ぼんやりと世界を隠した

昨日の夜も 去年の今頃も
似たような話をしていたかも……

 なんでもない日常の情景を見事に切り取っていることは言うまでもないけれど、スガシカオから見えてくるのはどちらかと言えば「うまくいってない人生」であり、その場所から抜けだせずにいる人々の心境を歌わせると実に秀逸だ。
 もしくは、抜けだしてしまっては、楽曲(情景)にならないということでもあるのだろう。
 ここから別の世界だとか、あらたなステージだとか、一応、前向きだったり建設的に考えたり思い描いてはいるものの、なかなか体が言うことを聞かないんだよな的な、そのグズグズした感じを実にうまく歌ってくれる。
 そんなことをグダグダ言ってるうちにも、時間は流れていって、それなりな人生になっていくみたいなあきらめのような、それでも振り返れば誰だってそれなりな大人にはなってしまうものさという楽観のような。
 どっちにしたって人生であり、なにもしなくたって大人になってしまうのなら、このままでもいいはずなのに、そうとも思えずにあれこれ考えては、ひとりで身じろぎ身悶えている。

 『そろそろいかなくちゃ』は、それでも、そんな場所からなんとか抜けだそうとする姿というか、気持ちを歌った曲だ。
 けれど、明るい曲ではない。「さぁ、はばたけ!」と、あなたの背中に天使の翼をとりつけ、断崖絶壁から無理矢理に体を押すものでもないし、豚もおだてりゃ木に登る式に煽りたてる歌詞でもない。
 おそらく、応援ソングですらない。と、僕は思う。聞いた者が勝手に、そう言えば僕も「そろそろいかなくちゃ」と共感するだけのことだ。しかも、面倒くさそうに重たい腰をしぶしぶあげるような感じで。

なんだかどうでもよくなって 午前中サボってしまった
みえすいた言い訳をしたら よけい滅入ってきた

 僕なんかは、こののっけから、気持ちいいくらいに心をもっていかれてしまう。
 勿論、この歌詞を曲の頭にもってくるから、スガシカオなんだろうけれど。

昨日の夜 彼女が食べてたポテトチップスの袋
テレビを見ながら飲んでたビールも そのままテーブルに

 と、ここで、情景が鮮明に聴くものの頭に浮かんでくる。どんなテレビや、どんなテーブルや、どんな部屋を思い描くかは人それぞれだろうけど、誰もが経験したことのある、もしくは、目にしたことのある情景が容易に目の前に立ち上がってくるはずだ。
 そして、そこに漂う「徒労感」というか、「既視感」というか、「相変わらず感」みたいなものも、見事にかもしだしている。

さえない日々だとは思う
いろんなこと考えちゃいるけど

”電話くらいよこせ”と家族はいう
話せることは 別になにもないけど

”つまらない”とよく彼女はいう
もうすぐ正午 そろそろいかなくちゃ

 この

”つまらない”とよく彼女はいう

っていうフレーズは、男にはすごく身にこたえるんではないだろうかと、僕は思っている。
 付き合いはじめた頃は、それなりな男だと思われていたのが、だんだんとメッキが剥がれて薄っぺらい自分を彼女に見破られはじめた焦りや、自分でも気づきはじめていた「なにものでもない自分」や「なにものにもなれない自分」をつきつけられて、僕の僕自身に対するがっかり感。

ため息はもういい そろそろいかなくちゃ

と、それでも言葉を重ね、自分に言い聞かせても、なかなか立ち上がれないほどに腰も尻も重い。だって、どこへ行けばいいのか、どこが出口なのかすらよくはわからないのだから。
 だけれど、ここにいてもなにも変わらない。おそらく、それだけは事実なのだ。

”大人になれよ”と誰もがいう
ぼくにしか見えない ユメはもういい

 「夢」は、正面切って語るにはあまりに照れくさいから、「ユメ」と書くしかない。
 いや、ほんとうは「夢」だろうが、「ユメ」だろうが、”Dream”だろうが、なんだっていい。それは、「こだわり」でも「わだかまり」ですらない。

言い訳はいい そろそろいかなくちゃ

そう、それらはすべて「言い訳」だと認めて、「そろそろいかなくちゃ」なのだ。

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