深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

音楽が途切れたあとの静けさの中で

      2015/06/05

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 今日は朝から、溜まりに溜まったRSSの記事を処理していた。興味の薄いものはスルーして、興味のあるものはサイトを開いて目を通す。更に、あとあと見返すかもというものは、POCKETに保存する。
 面倒ではあるのだけれど、楽しみでもあるし、楽しみではあるけれど、面倒だとも言える。そして、保存した記事をわざわざ見返すことというのが、ほとんどないのも事実だ。もっと時間がある時にゆっくりじっくり読もうなんて思いながら、大抵のものはそのうちにそう思ったことさえ忘れてしまっていく。
 読書でいうところの積ん読(つんどく)というやつだ。本を買って自分のそばに積んでおくだけで読んだような気になってしまうというか、満足してしまう。きっちりと読んでもないのに、POCKETに保存しただけで読んだ気になってしまうし、安心してしまう。そして、結局は読まないで忘れてしまう。

 この半分『作業化』してしまっている行為を、僕は、音楽を聞きながら行っていた。
 自分の音楽ファイルの中から、本日選び出したのは、大橋トリオだった。それも最新アルバムの”PARODY”ではなくて、数年前に娘の誕生日に贈った”FAKE BOOK”だった。もともと好きだったから買ったのだけれど、近頃余計に心に沁み入ってくる。この力の抜けたボーカルが、最近はなんだかね、すごく切なく感じる。
 いろんなことが心に沁みてしまうのは、この家を出て一人暮らしをはじめた娘のことを折に触れて思ってしまうからかもしれない。

 そんなこんなで300を越えるいろんな記事に目を通したり、目を通さないと選別していたら、最後の曲が終わった。それは大貫妙子のスローナンバー、「突然の贈り物」をカバーしたものだ。ピアノの旋律が美しく、大橋好則の甘い声によく合っている。ピアノがエンディングの和音を響かせ、余韻をたっぷりとったあと、曲は終わった。
 そして、次の曲はかからない。当たり前だ。それが、最後の曲なのだから、次の曲なんてない。けれど、スピーカーから流れていた音楽が鳴り止んだ途端、それは単に音がなくなったというだけのことではなく、あらたな静寂という曲がはじまったのではないかと感じるくらいに、その静けさそのものが沁みた。

 不意に、僕はまた娘のことを思った。昨日娘がLINEで送ってきた、入学式の写真の笑顔を思い出し、あらためて『おめでとう!』と声を掛けた。
 そこにキミ(娘)の人生があるんだなと、しみじみと思いながら。そして、僕はこれからも僕の人生を歩まなければならないんだなと、気を引きしめながら。
 誰にともなく、僕は『ありがとう』と呟いた。

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