深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

4月の朝、僕はまた動きだす

      2015/04/10

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 今年に入って、バタバタといろんなことが起こった。あらかじめ予定に組み込まれていたこともあったし、いつかはそんな日が来るだろうと思いながらも、誰にもそれがいつかを言い当てることができないようなこともあった。そして、いつも以上に僕は打ちのめされ、疲れ果て、ただただあたふたと気持ちばかりが焦って落ち着かない日々を、かれこれ3ヶ月ほど送ってきたことになる。
 僕だってすでに50の齢を越えた大人なのだ。それなりには成長してきたつもりだったのだけれど、それは僕の勘違いでもあり、自身を買いかぶりすぎていたのかもしれない。そんなことを思い知らされる3ヶ月でもあった。

 1月、父に勘当されて以来、16年一度も会うことのなかった母が死んだ。僕が病院に駆けつけたときにはと言うか、自宅で倒れたときにはすでに意識を失っていて、ついにひとことの言葉を交わすこともなく、初老を迎えた息子の顔を見ることもなく、彼女は逝ってしまった。それが、ひとつだ。
 もうひとつは、受験を迎えた娘の戦いがセンター試験から本格的にはじまり、思いのほか長くつづくことになったことだった。親には似ずに、努力した分はきっちりと結果を出していけるような、そんな人生を送れる子なのかもしれないと思っていた。そうであることを、多分、僕は期待していたのだ。けれど、僕にも娘にも、世間はそう甘くはなかった。大きく伸ばした手がそこにかかり、手繰り寄せられると思った結果が、もう少しのところで逃げていく。娘の顔から笑みが消えた。
 誰が逝こうが、どんなに不幸な出来事が起ころうが、時間は流れていく。そして、世界は止まらない。
 ましてや、逝ったのは僕の母であっただけだし、娘の受験結果が僕らが臨望んだ結果ではなかったというだけのことだ。ごくごく個人的なことで、世界のシステムを揺るがすような大問題でないことは百も承知だ。そんなことでいちいち世界が止まっていたら、世界が動いている暇なんてないことになってしまう。けれど、僕の心は止まってしまった。その場にうずくまり、田舎道をふさいでしまっている愚鈍な牛のように。

 今朝、7時半にセットしたアラームより2時間以上も早く、僕は目を覚ました。勿論、トイレに行くためだ。いつものとおり、また布団に戻って眠るつもりだった。
 けれど、トイレから出た僕は、台所で丁寧にコーヒーをドリップしていた。豆を挽くまではいかないものの、ヤカンをコンロにかけ、ペーパーフィルターをセットし、コーヒーカップをお湯であたためた。そして、できあがったコーヒーを片手に自室に戻り、スリープ状態だったパソコンを起動した。
 4月になれば、頑張ろう。
 それが、相変わらずバカな僕の言い訳だったことに気づく。頑張るのは、僕なのだ。4月になれば、4月が頑張るわけではない。そのうち僕は、『5月になれば頑張ろう』と言い出すかもしれない。
 そう言い出さない前に、4月の朝、僕はまた動きだす。勿論、愚鈍であることとバカであることが治ったわけではないけれど。

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