深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

ついつい、『ブログでご飯を食べたい』と思ってしまう理由(自戒を込めて)

      2015/01/21

ichimanen

 まぁ、正直に言って、僕もその中のひとりではあるのだけれど、『ブログでご飯を食べたい』って思ってる人が、世の中には掃いて捨てるほどいるらしい。永江一石氏のどうしてもブログでご飯を食べたい人にという最近のエントリーを読んで、やっぱりそうだよなと、思わず膝を打ってみたりした。

 この中で、永江氏も言ってるように、

ブログを書くことはアフィリエーターになることではない

ということだ。

 どういうことかを、僕なりに言い直すと、僕のイメージするブロガーは、アフィリエーターほど綿密でも緻密でもまめまめしくもない。ブロガーと言うとまた少しニュアンスが違って、僕の主観的には、ややではあるけれど、アフィリエーター寄りな感じがするので、ここは敢えて、『ブログでご飯を食べたい人』と呼ぶことにしよう。そう、『ブログでご飯を食べたい人』とは、決して、『アフィリエイトでご飯を食べたい人』とは、違うのだ。

 『ブログでご飯を食べたい人』と言うのは、アフィリエーターとは真逆な性格で、はっきり言ってズボラで、気の向いたときに、自分の好き勝手なことを、好きなように書きたい人なわけだ。
 要するに、大元のはじまりはブログを書くということであって、アフィリエーターになりたいだとか、お金を稼ぎたいからブログをはじめたというわけではないのだ。
 では、なぜ、そうやってはじめたはずが、ついつい、『ブログでご飯を食べたい』と思ってしまうのか?

 ひとつには、詳しくわからないままに、ブログで儲けてる人たちがいるという情報を小耳に挟んでしまうからだ。書店に行けば、「あなたもアフェリエイトで、らくらく副収入」みたいな本があったりして、ブログのデザインはこんなスタイルがいいとか、広告を貼る位置はここが鉄板だとか、WP使うならSTINGERがいいとか…、お薦めの報酬が高い広告ジャンルはこれだ!とか…。
 そんなものに目を奪われていると、そのうち心まで奪われて、ブログをやりたかっただけのはずが、ついつい『アフィリエイトでご飯を食べたい人』になって、知らず知らずにアフィリエーターを目指してしまっていたりする。勿論、逆に、本気でアフィリエーターになることを目標にできるんなら、それはそれでいいのかもしれない。

 しかし、そもそも、なんでブログをはじめようと思ったかと言うと、好き勝手に文章を書いて、自分がいいと思えば、誰にも止められもせずに公開できるからだったはずだ。
 でなければ、もっと努力して、年に一回の懸賞小説に応募するために、コツコツ、シコシコと書きつづけたりだとか、少なくとも誰かに『審査』されたり『精査』されるようなところに、コミットすればいい。
 それがイヤというか、基本的に面倒だから、ブログをはじめたんだと思う。少なくとも、僕の場合は、そうだった。
 誰かが、僕の文章を読みたいと言ったわけでもないのに、僕は、書く。そして、多くの場合、書かない、書けない。書かなくても、誰かに文句を言われることもないし、勿論、自分が勝手に決めた締め切りなんて、締め切りであっても締め切りでないようなもんだ。だから、2年間、なんとかつづけられてきたのだ。

 けれど、ある意味、誰にも下読みもされず、自分だけが読んで公開しているというのは、怖いことでもある。ここに書かれている僕の文章は、誰かが、読むに値するなんていう太鼓判を押したわけではなく、僕が勝手に書いて、勝手に公開しているだけのことで、誰からの『保証』もないのだ。
 ひょっとしたら、思いもかけず、全世界を敵に回してしまうかもしれない。

 で、なんだっけ?
 そうそう、なんでついつい、『ブログでご飯を食べたい』って思ってしまうかと言うと、それしかないからだ。給料をもらってる本業以外に、少しでもお金につながりそうなものがブログしかないという意味と、やれることなり、やってみたいことっていうのが、ブログしかないという意味だ。
 例えると、パチンコやパチスロ、競馬や株を覚えはじめた人が、パチプロになりたいとか、プロの予想屋や相場師、要は、これでご飯食べられるんじゃない?って、安易に考えてしまうのと同じような気がする。
 知っての通り、パチプロだって、運と勘だけでは食べていけない。雨の日も雪の日も、いい台を打つためには朝早くからパチンコ屋の前に並ばなくてはならないし、休憩の時には自分が打ってない台の様子をこまめにチェクしたり、データを分析したりもしなくてはならない。
 それだけやっても、食べていけるかどうかは、わからない。ましてや、そうそう大儲けなんてできるはずもない。

 そう、なんであれ、プロとして、『ご飯を食べていく』のは大変なのだ。にもかかわらず、ブログって、なんだか楽して儲かりそうな気がしてしまうのだ。好きなこと書いて、適当に広告貼っておいたら、あとは楽勝!みたいな、とにかくなにかを書きさえすればあとは寝てても黙って儲かるみたいな、まるで印税でも入ってくるかのような、大間違いなイメージ。
 こうやってそれが大間違いだと頭の片隅ではわかっていながらも、この僕のブログでさえ、なんとかレンタルサーバー代くらいは『稼げる』ようになった。こんな風に大袈裟に『稼げる』なんて言って勘違いするのがいけないんだけれど、更に言うと、こんないい加減なブログですら少しは『稼げる』のだから、もっと真面目に書いて、これを本業にしたらもっと『稼げる』んじゃない?って、思ってしまうわけだ。
 さっき言ったパチプロの話と同じだよね。会社帰りにパチンコ屋に立ち寄って、運がいいか勘が冴えていたなら、あっという間にお小遣いが『稼げる』んだから、毎日、パチンコしてたらもっと『稼げる』んじゃない?みたいな。

 もうひとつは、好きなことやって、と言うより、好きでもない仕事はやらずに、『ご飯食べたい』っていうのが、あるんだと思う。それが、僕を代表とする、『ブログでご飯を食べたい』人の気持ちではなかろうか。
 しかしながら、それはそれで、どこまで行っても、ジレンマなのだ。純粋に、このブログを、そういうアフィリエイトのためのブログにはしたくないという思いと、じゃあ、別個にそういうのを作るかって言うと、『稼ぐ』ためとは言え、そんな面倒なことはしたくないし、だったら、今の仕事でいいじゃないかという、堂々巡り。

 いつまで経ってもキリがないので、こうやって好きなこと書いて、好きなように公開して、誰かが暇つぶしにでも読んでくれるなら、それでいいんだよ。という、いつものところに落ち着いたことにして、今日のエントリーは終了。

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