深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

幸せに背を向けたまま —『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)

      2014/12/25

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 『その女アレックス』を読み終えて、5日ほど経ったことになる。
 噂に違わぬ内容で、一気に読んでしまった。
 なんせ、読むなら徹夜を覚悟して『その女アレックス』と、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるでも、絶賛された本だ。
 僕の場合は、徹夜ではなかったけれど、朝から読みはじめて、昼寝もせずに読みつづけ、読み終えるまでその本を手放せなかったわけだ。
 間違いなく、面白い。

 読者のヨミを裏切る見事な展開。
 読者は、息つく暇もなく、ページを繰りつづけるしかない。
 結末も、意表をつかれた。
 僕が言う結末とは、予審判事と主人公である警部との、最後の会話だ。
 それは、ありなの?
 と、僕は、『公平性』と『客観性』の観点から、違和感を覚えた。
 けれど、
 「これは、現実ではなく小説なのだ」
と考えた時、ありだな、というか、
 「ありだから小説なんだよな」
と思って、僕の中で何かがストンと腑に落ちて、思わずニヤリと笑った。

 繰り返すが、間違いなく、いい本だ。
 もう一度、読み返せば、もっと楽しめるだろう。
 読了した人たちが口々に言うように、すべては、最初から書かれていたのだ。にもかかわらず、誰もが見落としたり、その意味を曖昧にしたまま、もしくは取り違えたまま、物語は進んでいく。
 物語が進んでから、僕らは自分たちの誤解に気づく。
 もしくは、曖昧模糊だったものの、本当の姿を知る。

 それにしても、日を追うごとに、僕はひとりのアレックスという女性が気になって仕方がない。
 僕は夢中になってページを繰り、物語を追いかけた。
 アレックスが、どんな女かを知りたくて。
 事件の『真相』を知りたくて。
 けれど、僕は物語や展開にばかり気を取られ、当のアレックスという女を、見逃してきたような気がして、後ろめたい。
 この物語は、単なる『事件』ではなく、アレックスという女性の一生を描いたものでもあるのだ。

 人の心は、時に、どうしようもなく頑(かたく)なだ。
 一旦囚われてしまえば、ひとときたりとも、そこから離れられなくなってしまう。
 ある意味、アレックスを誘拐監禁した男も。
 また、アレックスに惹かれ吸い寄せられ、その体を求めてやまなかった男たちの欲望も、別の意味ではそうなのかもしれない。
 そして、このシリーズの主人公であるカミーユ警部は、数年前に妻を誘拐され殺害された過去をもつ。
 みんな、そんなことは、忘れてしまえばいいのに。
 当事者でないから、安易にそう言えるのだろうか?
 アレックスというひとりの女性を思う時、僕は彼方に視線を泳がせながら、
 「そんなことは忘れて、自分の幸せを追いかければよかったのに…」
と、呟かずにはいられない。

 とにかく、読み終わって、一度はすっきりしたはずが、あとからあとからジワジワとくる。
 あなたもきっと、読了後に、アレックスを思って、溜息を漏らすことだろう。
 それだけよくできている。
 オススメです。

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