深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

膵、見えずー重症急性膵炎(9)—僕の病気

      2015/04/10

 半年に1回の通院日を、先日済ませてきた。
 これで、あれからほぼ5年が経ったことになる。

 今回の検査は、腹部エコーだった。
 腹部に塗られる、あのジェルの不快感と、薄暗い部屋で技師と二人っきりという気まずさは、決して気乗りのするものではないけれど、肉体的苦痛もなく、検査料金も安い方に属することを思えば、歓迎すべきなのかもしれない。
 なんて、検査前からあれこれ考えていたら、今回は、結構、グリグリと腹部にプローブを押し当てられた。
 体勢を変えることを要求された上に、更に力強くプローブを押し当てられ、グリグリを越えて、最早、ゴリゴリと痛いくらいの強さだった。
 勿論、我慢強い僕は、技師が懸命にその職業的使命を果たそうと努力してくれているものと信じて、その痛みに耐えた。
 しかし、舌打ちとまでは言わないけれど、それに近いような、なにか落胆か驚嘆の意思表示らしきものを技師が漏らしたとき、正直、僕の心中は穏やかではなかった。

 以前の手術や検査でもそうだったけれど、意外と、医療関係者って人たちは、素直に気持ちを出すもんだということを、この5年で学んだ。
 それが全然大したことでないことに対するものであったりもするんだけれど、
「うわっ」
とか、
「マジかよぉ」
とか、ひとりごとを言われると、患者的にはいささか冷や汗ものというか、
「なんかあったのか? なにがあったんだ?」
と、不安になるのだった。

 検査が終わって、腹部に塗られたジェルを拭くためのタオルを、技師に手渡された。
 前回は、この後、簡単な説明があった。
 胆嚢の様子や、胆石の具合とか、医師からではなく、技師からも説明があるんだと驚いたのでよく覚えている。
 なので、検査途中に技師が漏らした『ぐっ?』という、言葉にならない言葉の意味も説明してくれるのかと思っていたら、
『あとは、診察をお待ち頂いて、担当医より説明を受けてください』
的な、一種おごそかな雰囲気に圧倒され、検査室を追い出されるように、あとにした。

 一応、簡単に覚悟だけはしておく。
 最悪は、このまま入院だったりするのかな、とか。
 明日からの仕事の段取りとか、なにをどう調整しようかとか、思いつく範囲で計算したりする。
 それにしても、なにが見つかったんだろう?、とか、考えながら。
 決してそんなに悲観的ではないにしても、医師の口からなにが飛び出してもいいように、事前の心の準備だけはしておく。
 最悪な事態が、誰でもない、僕という自分自身の身に降り掛かってくるということ。そのことを、僕は、5年前にこの身をもって学んだのだ。
 だから、医師の口から、
 「明日、あなたは死にます」
と言われたとしても、5年前の僕ほどには驚かない。勿論、そんなことを言われたら悲しいし、ショックではあるけれど、それは、そういうことが、たまたま僕に降りかかったというだけのことなのだ。

 診察室に呼ばれたのは、かなり遅い時間だった。
 その前に、僕は院内のコンビニで簡単な朝食を買い揃えた。腹部エコー検査のために、絶食をしていたから。
 そして、コンビニのビニール袋を提げて、屋上階に向かった。
 そこは、病院に来るたびに、必ず寄る場所だ。
 大きなガラス窓からは、人々が日常を過ごす外の世界が見える。
 あの頃の僕は、その温もりのある生活を、病院という内側から見ていた。
 本当にこのガラスの向こう側の世界に、僕は戻れるんだろうか?と、震えながら外を見ていた場所だ。
 勿論、もう一度そこに戻りたいと願っていた。けれど、そう願いながらも、戻るのも不安で、ガラスの向こう側の世界で、自分が生活している姿をうまく想像できずにいた。
 そして、かなり大袈裟に言えば、今でも、5年前に僕の頬からこぼれ落ちた、色んな意味での涙は、その屋上階の大きなガラス窓の足元の絨毯の奥深くで、乾ききらずにいるような気がする、そんな場所だ。

 担当医というか、僕の主治医は、「おはようございます」と言って診察室に入ってきた僕を見やることなく、モニターを注視していた。
 それは、今日に限ったことではなく、いつものことだった。
 看護師は、5年前に病棟で僕を受け持ってくれたこともある人だった。どうやら外来に変わったようだ。
 「うーん」
と、主治医が、これもまたいつものように、モニターに貼り付いた視線を剥がさずに、僕を見向きもしないで言う。
 そして、更に、いつものように、
 「どうですか、調子は?」
と、つづけた。
 「特段調子悪くはないですけど、太りましたねぇ」
と、僕が答えると、それを確かめるように、主治医は初めて僕を見た。
 そして、また、モニターの画像に視線を戻しながら、
 「前にも太ったでしょ。太ったっていいことはなにもないって言ってるのに」
と言いながら、主治医のマウスに置かれていた手が動きを止めた。

 僕は、一瞬、身構えた。
 「久しぶりですね」
なんて、旧交を温めていた看護師さんも、医師の口からなにかが告げられる瞬間を悟ってか、口をつぐんだ。
 ほんの短い静寂が、診察室を包んでいた。
 主治医が、なにかを言う。と思ったその瞬間、主治医が笑った。
 「?」
看護師が、医師の肩越しに、僕を見た。
 「膵、見えず」
 「………」
僕と看護師は、辛抱強く、待った。
 「検査技師さんが、わざわざ、『膵、見えず』って書いてるわ」
と言って、僕にもわかりやすいように、モニターのその文字を指さして笑った。
 なんだ、そういうことかと、僕も、笑った。
 最後に、ホッとしたように、看護師も笑った。
 あまりにも病院的な、内輪な笑いのツボであるのだけれど、僕らは、しばらく三人揃って笑った。
 偶然にも、看護師まで入れて、3人共があの5年前を知るメンバーだったのだ。

 「そっかー、『膵、見えず』かぁー」
と、しつこく、主治医が言った。
 僕は、エコーの検査技師の、しつようなグリグリと、思わず漏らした『ぐっ?』という言葉にならない言葉の意味を、理解した。
 彼は、懸命になんとか膵臓を見ようとしていたのだ。
 その膵臓の姿を、なんとか写そうとして、プローブを持つ手に力が入ったのだろう。
 主治医が、マウスのホイールボタンをクルクル回して、モニターに映った画像をスクロールする。
 僕は、これまでに何度も何度も見てきた自分の腹の中の画像がそうであるように、そこに膵臓の姿を確認したことがほとんどない。
 だから、正直、正常な膵臓というものが、どんなふうであるかをよく知らない。
 膵頭部の一部が、かろうじて写っていたことがあったような、なかったような…。
 いや、でも、膵嚢胞が発見されて、ステント手術をしたのだから、膵臓が写ってないはずはないんだろうか?
 「やっぱり、見えないですか」
と、僕は、言い、
 「ないんですかねぇ」
と、つづけた。
 「ないのか、写らないだけなのか、どっちなんでしょうねぇ」
と、他人ごとのように、主治医が答える。
 「でも、膵液の分泌も異常がないし…」
と、血液検査の結果をチェックしながら、
 「そろそろ、写ってもいいのに、残念ながらだねぇ」
と、名残惜しそうに、もう一度、画像をスクロールしたあと、
 「じゃあ、診察台に横になって」
と言って、どうやらあきらめたようだった。

 いつの日か、僕は、自分の膵臓の姿を見ることがあるんだろうか?
 細胞が壊死しているので、完全な姿を望むべくもないのだけれど、いつの日か、僕は、それでも懸命に頑張ってくれている自分の膵臓の姿を見る日が来るんだろうか?
 いつになるのかはわからないけれど、
 「おっ、やっと見えたぞ」
なんて言われながら、主治医と揃ってモニターを見たいもんだ。
 「やっと、写りましたねぇ」
 「やっと、写ったねぇ」
と、感慨もひとしおに、その姿に釘付けになりながら、僕はきっと自画自賛気味に、
 「しかし我ながら、健気な膵臓の姿ですねぇ」
なんて、言うんだろうな。

 残念ながら、血圧降下薬の効き目が不十分ということで、薬が少しキツイのに変更されました。
 できれば、朝晩、血圧を測るほうがいいとのこと。
 「基本的には、体重が増えれば、血圧も上がる傾向になります」
と、耳にタコができている上に、またタコを上乗せするような言い方で、主治医から言われた。
 半年後の再検査に向けて、毎月1kgずつ、半年で6kgの減量に成功すればいいんだけれど、季節は食欲の秋、更なる増量にならないように心して過ごさねばなりません。

重症急性膵炎(10)—僕の現状

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