深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

夏の朝の、通りすがりの風景(父親は、娘に恋をする)

      2014/08/22

daughter

 田舎の国道を車で走っていると、歩道を歩く父と娘と思しき親子の姿が目についた。
 この地では、歩道を歩く人などほとんどない。
 とにかく、通学の時間帯の児童や学生でもなければ、たとえそれが広く立派な歩道であったとしても、そこを歩く人の姿はないのが、田舎というものだ。
 その土地がいかに田舎であるかを測るとき、歩道を人が歩いているかというのは、ひとつの大きな物差しになる。
 そういう意味では、その親子の様子がどうこう言う前に、この田舎で人が歩道を歩いていること自体も、確かに物珍しいことではあった。
 しかも、今は夏休みで、通学のために歩いている様子ではなかったし、更には、盛夏は過ぎたとはいえ、そして、まだ午前中だとは言え、車に搭載された車外温度計はちょうど30度を、僕に親切にも教えてくれていた。
 今日も、暑くなりそうだ。と言うよりも、もう十分に外は暑くなっているようだった。

 その親子が、僕の目をひいたのは、小学校の低学年らしき、その娘さんがとても嬉しそうだったからだ。
 なにが楽しいのかはわからないけれど、ニコニコと笑いながら、父親の顔をしきりに見上げ、まるで訴えるように話しかけている。
 それだけでも微笑ましい風景であるのだけれど、娘さんは言葉だけでは物足りないのか、この暑いなか、手をつなぐと言うよりも、父親の腕をつかんでブンブンと振り回して、はしゃいでいる。
 40に手が届くかどうかといった風情の父親は、熱心に娘の話を聞くわけでも、可愛い娘に見るからにデレデレしているわけでもなく、しきりに歩道の彼方にひろがる田んぼの稲が気になるようだった。
 けれど、彼の素っ気ない『演技』は下手くそで、僕がちょうど彼らの横を車で通り過ぎるとき、彼の表情は明らかに嬉しくて仕方ないといったふうだった。
 その喜びは、決して、娘さんのように、見るからにはしゃいだ大きなものではなかったけれど。

 それは、かつての、僕の姿だった。
 小学生の娘と連れ立って、ただ近所を散歩するだけで、なんであんなに楽しかったのだろう?
 思い起こしてみれば、あの頃は、無邪気で無防備で、無条件でお互いの愛情でつながっていられたような気がする。
 こちらが、「手をつなごう」と言わなくても、娘の方から、僕の手をつかんできた頃の話だ。

 夏の日のなにげない通りすがりに、僕は見知らぬ親子の幸せを祈らずにはいられなかった。
 しかし、父と娘の蜜月が、意外と早くに終止符を打つことを、僕が彼にあえて伝える必要はないだろう。
 ある日、「今日からお父さんとはお風呂に入らない」と、宣言されたときの僕の気持ちを、彼もいつかは知ることになる。

 僕は、ほんの少し前に、学校の図書館にでかけると言って出て行った娘に、強く思いを馳せる。
 それは、片思いだった女子について思いを馳せた、若かりし頃の気持ちとどこか似ている。
 どの父親だって、娘に恋をする。
 かなわぬ恋だと知りながら。
 時間が合えば、今日は、娘を迎えにいってやろう。
 手はつないでくれないだろうけれど、車を降りる間際、ぶっきらぼうな「ありがとう」は、聞けるかもしれない。

pakutasobb200

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