深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

たまには、『遅刻』してみよう

   

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 1日が24時間であり、1年が365日であることは、誰にとっても同じなわけなんだけれど、その24時間を全部自分のものとして感じられるかどうかで、時間にまつわるストレスというのは変わってくるのかなと、思ったりしている。
 と言うのは、1ヶ月くらい前だろうか、『ボケない人の特徴』みたいな記事を読んだら、1番に、「遅刻する人」というのがあがっていて、至極納得してしまった。
 確かに、遅刻する人っていうのは、ボケないだろうな。と、単純に思ったのだ。

 基本的に、僕は、「遅刻しない人」に属すると、自分では思っている。
 だから、「遅刻する人」にとっての『遅刻』とは、したくなくてもしてしまうものなのか、元々『遅刻』を『遅刻』だとも思ってないのか、その辺りのメンタリティが、僕にはよくわからない。
 どう説明すればいいんだろう?
 悪意ある言い方で言うと、「遅刻する人」というのは、僕の頭の中では、『遅刻できる人』と変換されている。
 もっと言えば、『遅刻して平気な人』、さらにもっと言えば、『人を待たせて平気な人』みたいな感じで、どんどんと被害者的と言うか、恨み節的な物言いになってしまうのだ。

 たとえば、待ち合わせの時間があったとしよう。どんな相手とだとか、どんな場所でだとか、ことの重要性はいかほどにだといった詳細は、省く。
 とにかく、あなたは、誰かと待ち合わせをする。
 約束の時間のどれくらい前に、もしくは丁度に、もしくは後に、あなたはその場所に現れるのだろう?

 若かりし頃、10代から20代辺りまでは、約束の30分くらい前には、待ち合わせ場所に現れていた。
 個人的な事情を言えば、僕は方向音痴だし、家から駅までの交通手段は自転車だったので、常にパンクというアクシデントへの不安が頭をよぎった。
 まぎれもなく、この『パンクしたらどうしよう』という余計な心配が、ボケるんだろうけど。
 だから、待ち合わせ場所に30分前からいて待っているか、少なくとも、待ち合わせ場所の下見くらいは済ませて、その近くで待機して、10分前には待ち合わせ場所に移動している、というのが僕の行動パターンだった。

 たぶん、それが一種の『礼儀』だと、僕は思ってきたんだろう。
 多分には、人を待たせてはいけないという気持ちもあった。
 勿論、待ち合わせをした相手が、僕と同じように30分も前に現れることを期待してはなかった。たまに、そういうことがあって、お互いに似たような性分だねと言って苦笑いしたこともあったけれど。
 では、何分前までなら、OKだったろう?
 待ち合わせ時間ジャストは、許せるか?←だって、遅刻はしてないし、約束の時間を守っている。
 にもかかわらず、僕的には、アウトだった。  おそらく、僕も約束の時間ピッタリを目指してくるタイプの人間なら、そんなに問題はなかったんだろう。けれど、僕は、僕の勝手な事情とは言え、既に30分『待っている』のだ。
 『待っている』もしくは、『待たされている』と思うメンタリティが、ボケるんだろうけど。

 そして、約束の時間の10分前になっても、待ち合わせた相手が来ないとなると、僕は、平常心でいられなくなる。
 開いている文庫本の文章を1行読んでは、顔をあげて待ち合わせ人が来ないかを確認し、また1行を読んでは顔をあげるなんてことを繰り返しはじめる。
 それが、5分前くらいになっても、待ち人が現れないとなると、僕は、自分の記憶を疑い出す。
 約束は、本当に今日だっただろうか?
 この時間だったろうか?
 この場所だったろうか?
 そもそもそんな約束は存在したのだろうか?
 なぜなら、約束の時間5分前になっても来ないじゃないか。きっと、僕がなにか勘違いをしてしまったに違いない。
 もしくは、待ち合わせの相手に、なにかよからぬアクシデントがあったのではないか? あの人は、無事なんだろうか? 助けに行かなくていいんだろうか?
 今なら、携帯電話という便利なものがあるけれど、そんなものがなかった時代には、相手の安否確認をする手段すらなかったのだ。

 おわかりのように、ほぼ100%、僕の勘違いということはない。←勘違いする人なら、遅刻もするだろうし、わざわざ30分も前に来ない。
 と、開き直ればいいのだけれど、当時の若かりし頃の僕は、この約束の時間10前から待ち人が現れてホッとするまでの時間が、とてつもなく長く、苦しく、かなりストレスフルな時間であったのだ。
 

  1. できれば、約束の時間10前には現れる人であってほしい、という僕の相手への期待。
  2. 10分前になっても現れないのは、僕のミスかもしれないという自己不信と焦り。
  3. ひょっとしたら、待ち合わせた相手に、なにかあったのかもしれないという心配と不安。
  4. 約束の5分後、まるでなにごともなかったかのように、もしくは、厚かましくも、まだ約束の時間までたっぷりと時間はあるといった風情で現れた待ち人に対する…言葉にならない怒り?

 いろいろな人生経験を経るうちに、現在の僕は、約束の時間ジャストか、それでも『遅刻』はしたくないので、5分前を基本に設定して待ち合わせ場所に向かうようにしている。
 『5分遅れたくらいで、目くじら立てるなよ』
というのも、わかる。(でも、少しだけ、『遅れた本人が言うなよ』的な気持ちも、まだある)
 『待っている間に無駄に過ごしたオレの5分を返せ、バカ』
というのも、わかる。
 『日本の鉄道は、分刻み、秒刻みで運行ができてすごい』
というのもわかるし、日本人として誇りにも思う。
 『時刻表なんて、あってないがごとし。のんびり待つしかないさ』
というのもわかるし、憧れる。

 今日は、10日ぶりの休みです。
 まるごと自分の時間だと思って、過ごそうと思う。
 とりたてて、急がなければならない用事もなければ(あったけど、考えなおしたら、さして重要なことでもなかった)、今日やらなくては立ちいかない用件があるわけでもない。
 たまには、『遅刻』してみるか、くらいの気持ちで、今日を過ごしてみよう。

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