深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

僕とブログ—この2年間を振り返る(何度も言うけれど、個人ブログはつづけた者の勝ち—ほんとうは、勝ち負けなんてどうでもいいけど)

   

 プロバイダから、次の一年のサーバレンタル料の照会メールが届いた。
 このブログをはじめたのが、(2012年の)11月(厳密には10月末)だったので、あれ?早くない?って思ってしまうのだけれど、よくよく思い出してみると、レンタルサーバのお試しをしてみて、そのまま契約をしたのは7月のことだった。
 サーバを借りてから、3ヶ月もの間、僕はウダウダ、グダグダと、悩んでいたのだ。
 あれから、2年。とりあえず、ざっと振り返ってみることにしよう。

 ある程度のデータをまとめた詳細は、そのうちに書こうと思う。
 って言うか、実際にそれを書きはじめて、データを集めていたら、なんだか寂しくなってしまった。そして、よくぞここまでたどり着けたなぁとも思っている。
 かいつまんで言うと、スタートの月間訪問者数は、100人ほどで、その後は100人にも満たない月がつづいた。
 宣伝なんかしようがなくて、僕を知るわずかな人たちへのお知らせと、あとはfacebookでのシェアくらいのものだった。

カフェ

 2013年の2月に、facebookの友達がシェアしてくれた抱きしめること、もしくは、触れることについてという記事に、150ほどのアクセスがあった。
 とても不思議な感じだった。友達(と言っても、facebookでの友人であって、実際に会ったこともない友人ではある)を通して、それ以上に僕のことをまったく知らない人が、僕の書いたものを読んでいるという不思議。
 さしたる予備情報もバイアスもなく、僕の書いたものだけが読まれるということに、ゾクゾクした感覚を覚えた。
 ゾクゾクというのは、喜びと共になんかだ怖いような感覚だ。

 記事の数が増えてくると、時々、検索から僕のブログにたどり着く人々が現れた。
 そうか、そういうことがあるのか。
 当たり前といえば当たり前のことではある。
 そして、誰も、僕を探している人はいないという厳正なる事実にも気づいた。
 検索者たちは、記事を探しているのだ。決して、僕を探しているわけではない。
 そして、僕は、有名人でもなんでもない。誰かが、僕という個人を探しに来ると思うほうがうぬぼれも甚だしい。
 ということに、気づいたのだ。

 だから、記事が大事なのだ。
 いや、それは大事だなんていうのとも違う。記事しか、ないのだ。
 友人がシェアしてくれた記事を読みにこのブログに来た人が、その当該記事以外の記事に目を向けたかというと、そんな結果は出ていない。
 自分のことを振り返ってみても、おすすめ記事を読むためにどこかのサイトには行くけれど、目当ての記事以外の記事を読むことはマレだ。
 よっぽど興味のあるものが、簡単にクリックひとつで読めるようになっているか、その文章に惹かれた場合を除いては。

Zelda_Fitzgerald

 今から1年ほど前に、ちょっとした予想外のことが起こった。
 僕には、ゼルダ・フィッツジェラルドについてという、いまだに書き上げられていないつづきものの記事がある。
 そのちょっとした出来事が起こる前にも、僕は、ゼルダ・フィッツジェラルドに関する4本ほどの記事を書いていた。
 2013年6月15日、TBSの『世界ふしぎ発見』という番組で、フィッツジェラルドが取り上げられた。
 たまたま、僕もその番組を見ていたのだけれど、僕の稚拙な記事なんかより、テレビの方がいいよな…なんて思っていた。
 けれど、この番組のおかげで、『ゼルダ・フィッツジェラルド』で検索した人からの、ゼルダ・フィッツジェラルドについて(2)という記事への訪問が急増した。急増と言っても、大したことではないけれど、当時の月間訪問者数が100足らずな僕からすれば、ちょっとした事件ではあった。
 そして、光栄でもあり、申し訳なくもあるのだけれど、googleで『ゼルダフィッツジェラルド』で検索すると、僕の記事がゼルダ・セイヤー(Wikipedia)と彼女の夫であったF.スコット・フィッツジェラルド(Wikipedia)に次いで、3番目に表示される。
 かえすがえすも、申し訳なくはあるのだけれど…

 そんなちょっとした出来事があったにもかかわらず、その後も月間訪問者数はだいたい200人から300人の間くらいをさまよっていた。
 『ゼルダ・フィッツジェラルド』をググる人の総数なんて、それほど大した人数ではないことでもある。
 そして、僕は、この頃、ブログがつまらなくなってもいた。
 せっかく書いても、誰も読んでくれないのだ。
 読んでもらえるほどのクオリティーかと言われれば、返す言葉もないけれど、それでも読んではほしい。
 しかし、溢れるように記事が書けるわけでもない。アイデアは浮かんでも、一向に筆は進まないなんてことに苛立ちを募らせる毎日でもあった。

 とりあえず、くだらなくていいから毎日書いてみよう。
 そう思ってやってみたのが、2013年の11月だった。
 しかし、この時の月間訪問者数は、197人でしかない。いや、それにしても、この数字はおかしい。前月の月間訪問者数が、600人なのだから、毎日書いて200人足らずはおかしい。
 たぶん、Google Analyticsのデータがうまくとれてなかったのだろう。
 あっ、そうだ、思い出した。この頃、僕の設定が悪かったのか、ノーインデックスになっていて、Googleの検索にまったくひっかからなくなって、検索から誰も来なくなったんだった。
 ということとは別にしても、毎日書いても、大して訪問者数が増えなかったというのが、大きな事実だ。
 徒労感が、僕を、襲った。

tottorisakyuu_rakuda

 ちなみに、2013年の1年間の数字は、訪問者数が3,631人で、ページビューが6,645だった。
 レンタルサーバ代を支払って、この結果だ。勿論、アフェリエイトなんて一銭も入ってない。
 それでも、計算してみると、月間訪問者数が300人、月間ページビューが550ほどになる。
 というのは、10月に書いた加藤はいね、見つけた!と、12月に書いたえ? 鳥取砂丘は、日本一じゃないの?という記事への訪問が、地味に長くつづいたせいでもある。
 そのおかげと、11月に毎日のように記事を書いたおかげで(このおかげかどうかは判然としないけれど、更新頻度のアップにはつながったのでそれなりには効果があった気もしている)、よくはわからないけれど、2014年の1月2月は、月間訪問者数が幸先良く1000人を越えていた。

0101

 そして、更なる出来事が起こったのは、2014年の3月のことだった。最早、それは、出来事ではなく、まぎれもなく事件だった。
 それが、僕がプログラミングできない理由 — 「まずは、言葉にしてみましょう」の意味という記事だ。
 この記事を書いた時は、午後からの出勤シフトで、その出勤前に慌てて書いた記憶がある。
 この記事を書いた4日後、事件は起きた。
 3月22日のこの記事へのアクセス数が、233アクセス。なにごとが起きたのかと思って、いろいろと調べてみた。ある日突然、劇的な数の訪問者が…なんてことを夢見てきたわけではあったけれど、実際に起こってみると「なにか、やらかしてしまったんだろうか?」という、不安がまさった。
 そして、僕はエゴサーチの仕方を調べて、初めてしてみた。
 そうしたら、この記事で紹介した本の著者が、僕の記事を逆に紹介してくれていたことを知った。
 23日には、3,089アクセス。これがピークだったのだけれど、僕は身をもって『炎上』ってこんな感じで広がっていくんだろうかと、実感した。
 僕のブログへの書き込みは、出版社の編集者からのものだけだったけれど、拡散するツイッターやはてなブックマークには、いろんなコメントがついていたりした。
 好意的なものもあれば、そうでないものもあった。正直、そうでないものは、どんなものであれ、やっぱり堪えた。
 50歳のおっさんですら、堪えるのだ。年端もいかない若者が、炎上に見舞われればどれだけ我を失ってしまうかは、容易に想像がついた。

 それとともに、ネットの凄さも知った。なんの面識も接点もない著者が、僕が書いた記事を見つけたことにも驚くけれど、その人がまた僕の記事を紹介してくれたわけだ。
 ネットというものが、オープンに繋がっているということを、改めて実感したし、そこにはいろんな意味でのチャンスがあるとも思った。
 そしてその記事の拡散によって、こんなにも早く、僕の記事が読まれている。
 リアルタイム検索をしていても、Active visitorsが48なんていう数字を見て、嬉しいとともに、怖いとも思った。
 出勤前に大慌てで書いたやっつけ仕事的な記事が、こんなにもたくさん人の目に晒されている。
 そう、実感としては、読まれているというよりも、晒されているといった感じがした。
 そして、それを読んだ人は、勿論のこと、読んで思ったことを自由に語ることができる。
 僕は、自分が思っていた以上に、自分が書いたものを読まれるということへの『覚悟』がなかったことも思い知ることになった。
 何度も書き直したいという思いと、いっそのこと一旦削除してしまおうかとも思うくらい、その記事は晒されていった。
 アクセスは、1週間で収束していったのだけれど、7日間でのこの記事へのアクセス数は、7,000近くにのぼった。
 やっと、月間訪問者数が1,000に届いたこのブログの、3月の月間訪問者数が8,200だった。逆に言えば、8,200から7,000を引くと、相変わらず1,000人ほどの訪問者数ということになる。

 それ以降、当該記事へのアクセスは途絶えないものの、1日に2桁にも及ばないアクセス数となっている。
 けれど、このおかげで僕のブログは検索でよくひっかかるようになったようだ。
 だいたい、毎日100人ほどの訪問者数がつづいている。なによりも、そのことが、僕は嬉しい。
 そして、これくらいがちょうどいいのかもしれないとも、感じている。
 50歳のおっさんが、好き勝手に書いている個人ブログだ。
 誰かに誇れるような専門知識があるわけでも、誰かに披瀝したい大層な考えがあるわけでもない。ただ、書きたいと思えば、自由に書いていい。そんな場があるということは、ありがたいことだ。
 そして、記事の数も増えてきたこともあるし、検索順位があがったせいもあるのか、日々100人ほどの人がとりあえずはこのサイトを覗いてくれていたりする。
 毎日、100人だ。はじめて半年ほどは、月に100人すら来てもらえなかったことを思えば、ありがたいかぎりだ。

blog

 最後にアフェリエイトの話をしよう。
 先月、初めて、Amazonからギフト券が届いた。Amazonでは、アフェリエイトの支払いを現金にすると5,000円以上貯まらないと支払いがされない。ギフト券だと、500円を越えたら支払われる。
 年間のレンタルサーバ代には、まだまだ及ばないけれど、ひどく嬉しかった。
 アフェリエイトのためにブログをやっているわけではないけれど、ひどく嬉しくて、ありがたいと思った。
 そして、逆に、アフェリエイトにこだわるのはやめようと思った。

 すごい個人ブログが、たくさんあるということは、知っている。
 けれど、2年近く経って、曲がりなりにもやめずにつづけてこれて、僕としてはそれなりにいいブログになってきたような気がしている。
 いつまでつづくのかはわからないけれど、とりあえず、次のレンタルサーバの契約は、継続更新するつもりでいる。
 よければ、引きつづきおつきあいいただければ幸いです。

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