深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

高校3年生の娘とシャガと村上春樹の短篇集『女のいない男たち』

      2014/05/08

shaga

 「お父さん、私の部屋の花を見た?」
 珍しく家族揃って夕飯をとっていた食卓で、娘が、そう尋ねてきた。
 娘は、高校3年生になる。そうそう安々と父親が部屋に入れる年齢ではない。しかしながら、我が家には、飼い猫がいるおかげと、娘の部屋が物干し台に出る唯一のルートになっているため、しばしば家人は娘の留守中にも娘の部屋を開けたり、時にはその中に入り込むことになる。
 ある時は、名前を呼んでも返事のない飼い猫の居場所を確かめるために、ある時は、急な雨を知って慌てて洗濯物を取り込むために、または、物干しに洗濯物を干すために、我が家の中でももっとも多感な部屋であるはずの娘の部屋を、我々は覗くことになる。
 夕飯の前にも、飼い猫の姿が見えず、どこにいったんだろう?と心配していたら、
 「お父さん、私の部屋を見てきてよ」
と、娘から言われて、猫を探しにいったのだった。

 しかし、いくら娘からの許可があったとしても、もしくは、僕が思っているほどに娘が多感ではないにしても、もうすぐ18歳になる娘の部屋に入って無遠慮にその部屋を眺め回すようなことは、やはり気が引ける。ついつい、必要以上に見回さないようにしようという遠慮や、娘の彼や恋心を連想させるようなものを発見したくないという無意識な防御本能が働くのか、部屋に入っても見ているようで案外見てないのが実情でもある。
 それを知ってか知らずか、それとも、元来、物干し台付きの部屋が自分の部屋である以上逃れようがないととっくにあきらめているのか、娘の部屋は、娘が自由に使っていい部屋であると同時にみんなの部屋でもあるという、微妙な位置づけになっている。

 「花って?」
 ちょうど今日はお祝いの花をもらったところだったので、その花を分けてもらって部屋に置いたんだろうかと、僕は咄嗟に思った。
 「なんだ、見てないの?」
 「うん、気がつかなかった」
 「前に、お父さんが言ってた花だと思うんだけどな」
 どの花のことだろう? 桜が散り、その後を追うように、次々と花々が咲き誇っている。それはまるで、桜が散ってしまった寂しさを埋め合わせて、忘れさせてくれるかのように、スイセン、シャクナゲ、ツバキ、ベニマンサク、ツツジ、気の早いシャガやフジも咲き始めていた。
 「シャガ?」
 この辺りで、気軽にとってきたのならシャガだろうかと思って、言ってみた。
 「え?シャガが、どんな花かわからないよ」
 娘は、自分の部屋に飾った花の名前を元々知らないことを白状した。
 散歩をしていて、きれいな花だと思ったので、摘んで帰り、適当な空き瓶に水を入れてさしてみたらしい。
 そして、そのことが、しばらくつづいた春の陽気とともに、娘の心をはずませているようだった。
 もしかしたら、それは僕の買いかぶりで、娘の上機嫌は、単純に、今日から始まったゴールデンウィークのせいなのかもしれないけれど。

 あなたは、シャガという花を知っているだろうか?
 少し紫がかったような白い花を咲かせる花だ。それとも、少し白っぽい紫色をした花と言うべきだろうか。この辺りでは、わざわざ植えているというものではなく、山の裾近くの斜面に一群になって咲いていることが多いように思う。
 10年近く前、女主人にシャガの花が欲しいと言われて、職場の年上の女性についてきてもらって、山に摘みに行った思い出のある花だ。
 つい先日も、その人と、『またシャガの花が咲きはじめましたね』という会話を交わしたところだった。
 こんなに簡単な名前なのに、僕は、毎年、花の名前が思い出せずにいて、『思い出の花という割には、名前も覚えてないのは失礼な』と、その人に冷やかされるのが常だったのだけれど、ここ数年、やっとその名前が思い出せるようになったようだ。
 花の名前にも興味をもたない生活を送っていた僕が、ほんの少し花を顧みるようになるきっかけになった花が、シャガなのだ。

 夕飯が終わり、自室の床に仰向けに転がって、先日Amazonから届いた村上春樹の短篇集のつづきを読んでいると、娘が入ってきた。手に、なにかを持っている。
 「ほら、これだよ」
 娘が手に持っていたのは、花をさした瓶だった。
 短篇集を脇に置き、代わりに、老眼のため、はずして脇に置いてあったメガネをかけて、僕はその花を見た。
 「やっぱり、シャガだね」
 「シャガって言うんだ。きれいな花だね」
 と言って、しばらく、ふたりでじっとその花を見ていた。
 それは、本当にわずかな時間だった。僕が今まで生きてきた50年の歳月を持ち出すまでもなく、娘が生きてきた18年近くになる時間と比べるまでもなく、今日という一日という枠組みで捉えたとしてもほんのわずかな、数秒あまりの時間でしかなかった。
 けれど、僕たちは確かに、その長さではなく、その濃密で特別な色彩を帯びた時間が、僕らの傍を通り抜けていくのを見届けた。しっかりと。
 時間の共有という魔法が解けたあと、
 「じゃあ、戻るね」
 と、娘が、言い、
 「うん、見せてくれて、ありがとう」
 と、僕は、答えた。

 一瞬、照れたような笑顔を残して、娘が僕の部屋のドアを閉じた。
 娘の部屋のドアまでは、ほんの数歩。娘がスリッパの音を鳴らし、自分の部屋のドアを開け、またすぐに閉じる音が聞こえた。
 僕は、すべてを聞き届けたあと、おそらく、少しだけ、ニヤけたような笑みをこぼしたように思う。
 そして、メガネをはずして本の脇に置き、代わりに、短篇集を手にして栞をはさんだページを開き、村上春樹の物語のなかにと戻っていく。

 物語に戻るその直前、今日は、いい休日だと、心のなかでひとりごちて、また少し笑った。ついさっきドアの向こうに消えたばかりの、娘の照れた笑顔を思い出しながら。

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