深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

これからの僕について

      2013/09/11

 初めに断っておくけど、僕は1963年生まれで、来年には50歳の大台に乗ることを忘れてるわけでもなく、自分がすでに十分に大人であることも、大人でなければならないことも承知しているつもりだ。

 でも、ふと、思ったんだ。
「僕は、これから先、どんな大人になりたいんだろう?」
そして、
「僕は、これから先、どんな大人になっていくんだろう?」

 確率論的に考えても、これまで歩んできた道よりも、これから先の時間の方が、きっと短いに違いない。
 しかし、僕はこの先の僕にむかって、昔々少年だった頃に、「僕はどんな大人になるんだろう?」と、わくわくしたあの成長期の気分と同様に、老いていくであろう過程にあっても、「僕はこれからどんな大人になっていくんだろう?」と、その可能性にわくわくしてもいいのだ、ということに、ふと気づいて、勇気づけられている。
 これから10年後の僕も、当たり前のこととして、僕には違いないのだけれど、それは今の僕とまったく違った僕であってもいいわけだし、その可能性をみずから否定する必要はないということだ。

 勿論、肉体的体力的には、僕はピークを過ぎている。しかし、それだって鍛えようや選ぶ課題によっては、かつてない結果を残せるかもしれない。ましてや、どんな大人になるかってことは、非常に意識的な問題なわけだし、老体に鞭打って若かりし頃以上の体力を維持することに比べれば、考えようによってはかなり容易なことのようにも思える。
 要は、僕自身が、どんな大人になりたいかってことなわけであり、単純に言えば、僕自身が、これから先、どんな僕でありたいのかってことなわけです。

 そして、もっと大袈裟に言えば、現在49歳の僕は、10年後の59歳の僕にむけて、夢を見てもいいってことだ。
 ここからただただ下降線をたどっていくわけではなく、年齢的には年老いていく自分であっても、そこに可能性と成長を望むことに照れる必要も卑下する必要もないってことだと思う。

 そうだ、僕は、まだあきらめてもないし、投げ出してもない。
 ここで言いたいのは、そういうことだ。

 - 雑感

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