深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

自分のことは棚にあげて

   

monburan

 つい先日、樹齢千年と呼ばれる古い大ザクラを見に行った折に、高校生の娘とランチをとった。
 おかげさまで、父親を嫌悪することもなく、年に2回くらいは二人でランチに出かけている。
 正直なところ、中学生の頃に一度、ランチに誘っても断られることが増え、娘が離れていっているなと、薄々感じていた時期があった。けれど、ちょうどそんな微妙なときに、僕は病に倒れ、集中治療室のベッドの上で生気を失っていくさまを、娘は見ていた。おそらく、そのとき、娘は娘でなにかを感じ取ったのだろう。
 自宅療養をしていて、やっと元気が出はじめた頃にランチに誘ったら、以前のように、「行くよ」と答えてくれ、切れかけた糸はまた繋がった。

 それは、最後のデザートを選ぶときに、起こった。その店では、トレイいっぱいに載せたケーキの中からデザートを選ぶことができた。
 あまたある美味しそうなケーキの中から、娘は、なんの迷いもなく抹茶のロールケーキを選んだ。
 いやいや、少しは、迷ってみようよ、と、僕は思ったわけだ。加えて、なんでこの娘は、そんなつまらないものを選ぶんだろう?と、ついつい、心の中でそんなことを思っていた。
 いや、心の中でだけではなく、思わず、
 「春なんだし、春らしいケーキにすればいいのに」
と、言ってしまった。
 店員さんが、抹茶ロールに伸ばそうとした手を、止めた。

 「うーん、そう言われればそうだよね」
 気を悪くした様子もなく、ありがたいことに、店員さんが、
 「これなんか、桜とイチゴの取り合わせで今の季節の限定品ですよ」
と、言ってくれた。
 それは、ピンク色をした、春らしく、うちの娘にぴったりな可愛いケーキだった。
 そうだ、そうだ、せっかくなんだから、そういうのを選んで欲しいよな。
 「ほんとですね、美味しそうだから、これにする」
 店員さんの勧めを受け入れて、娘は春らしい、一度聞いたけれど覚えられないような名前のケーキを選んだ。

 基本的に、僕と娘は、違ったものをオーダーして、二人で仲良くシェア(半分分け)し合うという習性をもっている。
 そうした方が、いろんなものを食べられて楽しいからだ。
 そのときも、娘が、
 「食べる?」
と、僕に、ひとくち薦めてきてくれた。
 けれど、そのケーキは、ひとくち食べるには気がひけるくらいに小さ目だったので、僕は、珍しく娘の勧めを辞退した。
 そして、その直後、僕は娘に、
 「それより、このモンブラン…」
と言いかけて、皿の上に乗った自分のケーキを見て、愕然とした。
 モンブラン?
 僕は、もう一度、自分が今しがた口にした言葉を頭の中で反芻し、目の前にある皿の上に乗ったケーキを見渡した。しみじみと、呆れ果てながら。

 今は、紛れもなく、春だ。そして、僕は、春らしいケーキを選んだらどうだと、娘に半ば強要した。
 で、そんな僕の眼の前にあるというか、僕が選んだケーキは、なんだって?
 モ・ン・ブ・ラ・ン
 本当に? 肌寒いくらいの気候であるはずなのに、冷や汗が出てきた気がする。
 モンブランと言えば、栗。→栗と言えば、秋。そして、モンブランと言えば、年がら年中ケーキ屋から姿を消すことのない定番中の定番ではないか。
 勿論、モンブランには、それだけの存在感というか、季節を越えた我々の熱い支持があるからこそ、その地位にいるわけだ。苺のショートケーキと肩を並べて。
 しかし、そんな言い訳を口にするのも憚れられるほどに、今回はちょっとやってしまった感が大きすぎる。
 心優しい娘は、ここぞとばかりに僕を攻めてくることはないけれど、『モンブラン…』と呟いたあと、動きを止めて凍りついた僕から視線をはずすと、こらえきれずに少し笑った。ような気がした。
 確かに、笑われても文句の言いようのない状況ではある。
 あまりに見事なまでに、自分のことは棚にあげて、娘の選ぶケーキについてあれこれ口出しをしていたとは…。

 でも、ひょっとしたら、それは、僕だけがそう思っているだけかもしれない。実は、娘は、まったくそんなことには無頓着で、気づいてないのかもしれない。
 わずかばかりの希望的観測を携えて、敢えて、僕は、『モンブラン』とは言わずに、
 「食べる?」
と、娘に尋ねてみた。
 娘は、首を振って、
 「せっかく、春らしいケーキ食べてるところだから、今回は遠慮しとく」
と、言った。

 - 日記みたいなもの

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