深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

日向ぼっこが大好きだったキミへ

   

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 4月に入って、グンと春めいた日々がつづいている。(と言っても、まだ2日だけどね)
 今年は例年よりも雪の少ないシーズンだったとは言え、肌寒い風が吹きつづき、そんな中、梅の花は咲かないし、桜も蕾さえ膨らまない。3月は、そんな感じだった。
 それが、4月に入った途端、桜の蕾が膨らむどころか、勢い余って梅の花も追い越して咲きはじめる始末。一気に、春になってしまった。
 とは言え、この4月を待たずして、うちの飼い猫の1匹である、メルモ・コルトレーンが、突然、逝ってしまった。
 その話を書かずして、4月をはじめることができそうにないので、書いておこうと思う。

 メルモ・コルトレーン、通称、メルは、8年ほど前、ペットショップのもらってくださいコーナーで、タダで頂いてきた雑種の猫だ。
 コルトレーンという名前は、僕と娘で考えたというか、僕の希望を娘が一旦は承諾したものの、実際に飼い始めて2日目には僕以外の家族全員が、メルモちゃんと呼びはじめ、更に短縮されてメルと呼ばれるようになっていった。
 僕も、飼い始めて10日間ほどは、頑なにコルトレーンと呼んでいたのだけれど、そのうち僕がコルトレーンと呼んでも反応しなくなったので、仕方なく僕もメルと呼ぶようになったのだった。
 猫を飼いたいと言い出したのは、娘だった。一人っ子である娘に、妹も弟もいないから、せめて猫を飼わせてほしいと言われて、僕らは返す言葉も見つけられなくて、猫を飼うことにした。
 だから、メルは、娘の妹なのだ。
 『ほら、メル、お姉ちゃんの部屋へ行っておいで』
 『メル、僕は忙しいから、お姉ちゃんに餌をもらいなさい』
 メルの視線で娘を呼ぶ時は、自然と、そういう言い方になっていた。

 死因は、よくわかっていない。
 娘の部屋にいた時、いきなり、『ぎゃっ』と短く叫んだと思ったら、パタリと倒れて息絶えていたという。
 すぐに、何度かお世話になっていた獣医に電話したけれど、「脳か心臓に何かがあったのだろう」と言われたのと、加えて、「これから病院に連れてきても、助かることはないでしょう」と言われてしまったとのことだった。
 実は、逝ってしまう前日、僕が出勤する間際に、メルは嘔吐をしていた。滅多にそんなことのない猫だったので、イヤな感じがした。
 しかも、メルは数年前、太い輪ゴムを飲み込んでしまって、開腹手術をしてもらったことがある。それ以来、僕らはメルが飲み込みそうなものを、不用意にそこら辺に置いておくことはなくなった。
 なくなったはずなのだけれど、メルは嘔吐した。
 しかし、夜に帰宅した僕は、居間のコタツに腹這いになって入っている娘の背中に乗って、気持ちよさそうに眠っている、いつものメルの姿を見た。
 大丈夫なんだろう、と、希望的観測のもと、僕はそう思っていた。

 その朝、僕が出勤するとき、台所を見ると、メルがいつもの場所に置かれた水入れから水を飲んでいた。
 その時にも、あぁ、大丈夫なんだ、と、僕は思おうとしていた。
 また、もう一度開腹手術をするとなると、それはそれで大変なことになる。
 まず最初に僕の脳裏を横切ったのは、手術代のことだった。前回払った手術代も、かわいいメルのためとは言え、大きなため息が出るほどには高額な出費だった。
 あの時は、退院して、なんとか一命をとりとめたメルに、
 『メル、次はもう知らないからね』
と、妻がメルに釘を刺したんだった。

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 『メル、いってくるよ』
 僕は、その背中に、声をかけて、家を出た。
 メルはわざわざ水を飲むのをやめて、返事をするような猫ではない。不意に声をかけられたせいで、片方の耳だけがピクンと小さく動いた。ただ、それだけだった。
 そして、それが、生きているメルを見た最後になってしまった。

 家に帰ると、メルは、タオルを敷き詰めた段ボール箱に、暖かい毛布と花をかけてもらって横たわり、娘の部屋にいた。
 翌日には、動物霊園で弔ってもらうということになったらしい。
 『まるで眠っているようだ』
と聞いていた通り、その姿はいつもの安心して眠っている時のメルの姿だった。
 僕は、その頭と頬のあたりを撫でてやる。
 そのカラダは冷たいとまでは言わないけれど、生きているものの温もりも柔らかさも既に失っていた。
 『メル』
と、僕は、呼びかける。
 メルに触れた手は、そこに命がないことを知ったはずなのに、僕は、呼びかけずにはいられない。
 『メル、どうした?』
 何を言ってるんだろう。どうしたもこうしたも、メルは逝ってしまったのだ。だから、ここに横たわっているというのに。
 その顔を見ていると、今にも眼を開けそうな気がしてしまう。いつものように、「気安く撫でるなよ」と、僕の指を甘咬みして抵抗してくれるような気がする。
 けれど、なにも起こらない。ほんとうに、イヤになるくらい、なにも起こらないのだ。
 どれくらいの時間、そうやってメルを撫でていただろう。
 『こんなことをしていても、生き返らないよな』
と、言いながら娘を見た。
 既にそんな思いで何度も何度もメルを撫でてやったであろう娘は、
 『そうだね』
とだけ、力なく答えた。
 メルの命を引き止めるために僕らにできることは、もう何もなかった。

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 どんな死にも、後悔がつきまとう。
 あの時こうしておけば、こんなことにはならなかったかもしれないのに…。
 それが最良だと思って下した決断や判断も、果たしてそれは正しかったのだろうかと、人はいつまでも悔い悩む。
 あの嘔吐は、なんだったんだろう、と。

 あるいは、死が、不可逆性であること、それは、生から死へのまったくの一方通行であることを、思い知る。
 一度、死に行き着いたなら、生の側に戻ることは二度とできない。
 こんなにもきれいな死顔で、生きていたときとなんら変わらず、今にも起き出してきそうだと言っても、それは既にもう生の側にはいないのだ。
 僕がどれだけ思いを込めて撫でてやっても、娘が涙ながらに撫でてやっても、こちら側にはもう戻ってこれない。
 それが、死、だから。

 家猫ではあるものの、外に出るのが好きな猫だった。
 娘の部屋の窓を開けたところに物干し場があって、その窓を開けろと、メルによく催促されたものだった。猫なで声で頼むというよりは、怒ったように、まさしく「開けろ」という命令調の催促だったけれど。
 物干し場づたいに屋根に出たメルが、瓦の上にちょこんと座って、春の風に短い毛をなびかせながら、気持ちよさそうに目を細めている。
 メルの大好きだった春がきたのにね。キミは、もういない。
 なかなか家に入ろうとしない屋根の上のキミに向かって、
 『メルー』
と、大声でその名前を呼ぶことももうないんだね。
 なんだか、ひどく寂しいよ。
 たかが、飼い猫が1匹逝ってしまっただけのことじゃないか…、僕はそう思おうとする。もうすぐ51歳にもなろうとする、大の男が涙することでもないし、泣いてなんかないさ。

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 メル、ありがとう。
 おやすみ。

 

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