深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

僕は、ここにいる

   

 おそらく、この記事が今年(2013年)最後の記事になりそうだ。
 早いもので、また1年が終わっていく。
 残念ながら、年初に掲げた、短編小説の一つでも…なんていう甘い夢は、今年も果たせなかった。かれこれ30年、信じられないことに、僕はたった一つの短編小説さえ書き上げていないのだ。まったく、なにをしているんだろう?
 断るまでもなく、僕は小説家ではないし、『書かなければならない』という、必然があるわけではない。
 たとえば、『書かなければ』生活できない、喰えないというわけではないし、『書かなければ』生きていけないというような、崇高な信念があるわけでもない。
 しかしながら、なにかを物語りたいという思いを抱いて、少なく見積もっても40年ほどにはなるわけで、そろそろなにか書けてもいいような気がするのだけれど、なかなかうまくはいかないものだ。

 黙ってこっそりと物語を紡いでいく姿を、僕は、長くイメージしていた。それが、『書く』ことだと。
 しかし、時代は進み、ブログなんていうものが現れた。
 最初、僕はそれを公開日記みたいなものだと、早とちりしていたんだけれど、それは思いのほか、何を書こうが、どう使おうが自由な、都合のいいツールだった。
 そしてなによりも、いとも簡単にアップロードすることで、それは公開されるのだ。誰にも読まれないにしても、それが、公開されるということは、とても重要なことのように僕には思える。
 アップロードする、しない、の判断を、僕以外の誰かがしてくれるわけではない。そういう意味では、この記事はすべてが僕の独断で書かれ、公開されることになる。
 それは、とても自由だとも言えるし、なんの保証も後ろ盾もないことでもある。

 たとえば、こういうことだ。
 僕が、記事を書く。
 僕が、記事を読み直す。
 僕が、記事を訂正する。
 僕が、記事をボツにする。
 もしくは、僕が、記事を公開する。
 そこには、僕以外の誰も存在しない。別に、存在してもいいんだけれど、こんな記事のチェックをしてくれて、その成否を判断してくれる人なんて、結局のところ、自分以外に誰がいる?ってことでもある。

 言い換えよう。
 この記事は面白いから公開されている、ということではないということだ。そんな、保証はどこにもないし、公開までに僕以外の人間の目に触れようがない以上、僕以外の誰にも保証されようもない。
 しかし、誰のチェックも受けなかったものが、大袈裟に言えば全世界に向けて簡単に公開できる時代というのが、すごく不思議に思えるときがある。
 すごい時代が来たな、とも思うし、随分お手軽な時代になったものだと、自嘲することもできる。

 このブログの戦略(?)として、10月から、とにかく、書くことを第一の目的にした。
 それは、それなりに功を奏している気が、僕にはしている。手ごたえとまではいかないけれど、確かに僕は、前を向いて歩いている気がするのだ。
 その先に、僕が望むものがあるのかどうかは、まだわからない。いや、たぶん、あるんだろうな。たぶん、だけれど。

 とりあえず、僕は、まだまだ、書こうとしている。せめて誰かの暇つぶしの役に立てるような文章が書けるよう、精進だってつづけているつもりだ。
 そして、なによりも、少なくとも、僕は、ここにいる。
 できれば、来年こそは、ひとつ書き上げたいなと、夢見ながら。

 - 日記みたいなもの

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