深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

どうやらGoogleから、ペナルティをくらっているようだ

   

penaruthi

 このブログに、あなたはどこからやってきたのだろう?
 ひとつは、あなたが僕のSNSを介した友人であり、僕のポストからやってきてくれたのかもしれない。
 そして、もうひとつは、Googleの検索エンジン以外の検索エンジンを使った検索結果から、やってきてくれたのかもしれない。
 そして、最後の可能性は、ゼロではないけれど、かなりゼロに近い可能性である、Googleの検索結果からやってきてくれたのかもしれない。
 どうやら、僕のブログ記事は、ほとんどがインデックスからはずされたようだ。

 きっと、僕は、またやらかしたのだろう。
 最初に断っておくけれど、僕は、Googleが嫌いなわけではない。
 どちらかと言えば、好きな方だと思う。
 非公式社是とも言われる、
 Don’t Be Evil.(邪悪になるな)
の精神に強く惹かれるし、評価もしたい。
 そう言えば、数カ月前、Google車が僕の目の前を通ったときには、ぎこちなかったとは言え、笑みさえ浮かべて応援もした。

 『グーグル ネット覇者の真実-追われる立場から追う立場へ』(スティーブン・レヴィ著)を買って読むくらいには、関心だってもっているし、尊敬だってしている。
 ちなみに、ブラウザだって、Chromeを使っているんだけどね。
 まぁ、それはさておいて、僕は以前にもAdSenseでの一方的なアカウント停止処置で、Googleに腹を立てて、ブログ内のAdsense広告をすべて削除した。
 その時、異議申立てフォーマットに則ってメールを送信し、Googleから返信もきたのだけれど、なんだか木で鼻をくくったような、人間と言うよりは機械から送られてきたメールのように感じた。
 残念ながら、そこには、人間味もなければ、分かり合おうという意志の欠片もなく、そもそもコミュニケートすらできてないよね、って感じしかしなかった。
 こちらのメールなんかほとんど読みもせずにカテゴライズされ、もしくは、それは機械によってその字面だけを読まれてカテゴライズされ、素っ気ないというよりも、過剰に装飾され自己防衛的なメールが送られてくる。その過剰さとは裏腹に、内容は、ほとんどなにもない。もしくは、何も伝わってこない。

 これは、以前にAmazonとのやり取りの時にも、感じたものだ。
 担当者の名前が、おざなりのようにメールの末尾に書かれているけれど、消費者の我々には意味がない。我々にとっては、なんの利便性も、活用性もない、単なる担当者の「名前」でしかない。
 メールでのやり取りで、僕は、かなりヒートアップしたことを覚えている。
 メールというものが、便利である一方、とても危険なコミュニケーションツールであることも、僕は自覚しているつもりだった。にもかかわらず、Amazonからのメールは、僕の神経をわざと見事に逆立てるような内容だった。
 何度か、心を落ち着かせて、書きなおしたメールを送った挙句に、Amazonから送られてきたそのメールを、僕的に要約すれば、
 文句があるなら、さっさと商品を送り返してこい。それで、文句はないだろう。
というものだった。
 ん?僕が言ったのは、商品説明が間違っているので、訂正を求むということであって、送られてきたものが商品説明と違っているとクレームしたわけではない。
 僕は、なんだか、すごく腑に落ちない気分で、憂鬱だった。

 で、僕はこの対応で増幅された怒りと、腑に落ちなさをなんとか解消したいと思い、カスタマーセンターに、電話をすることにした。
 しかし、ここでも途中で気持ちが折れるくらいに、おそらくは、ここで相手の気持ちを折ってやろうという魂胆が見え見えな、「この通話は録音されます」だの、「それでも、カスタマーセンターに繋いでいいんですか?」みたいな、脅し文句が次々と繰り出される。
 そうしておかないと、カスタマーセンターの電話はひっきりなしに鳴って、いくらバイトを雇っても足りないということへの対応策なんだろうか。そうなんだろうな、たぶん。

 面倒くさいので、結論を言うと、僕は、カスタマーセンターに電話して、オペレーターと話をして非常によかったと思った。
 彼女は、普通に、「申し訳ありませんでした」と言ってくれ、その言葉は、ヒートアップしていた僕にすら、素直に届いたからだ。
 Amazonという、ネット通販の便利さを讃え、その利便性に浴しながらも、僕はふと、人間ってすごいなと感じた。
 メールで長々とカチコチの文章を読むよりも、電話して、オペレーターに「それは、うちの間違いですね、申し訳なかったです」と、かなりフレンドリーな言い回しであっても、気持ちを感じられる言葉、利用者の立場に立った言葉に、僕の怒りは氷解したのだった。たちどころに。
 そして、僕は、オペレーターに、礼を言って、電話を切った。

 あれ? Googleの話だったっけ?
 なんだか、また、面倒くさくなってきた。かなり要約して言えば、僕は、Googleに卑怯さを、感じている。二枚舌的、ダブルスタンダード的、己に甘く他人に厳しく的な卑怯さだ。
 前出の本にも、書いてある。43ページだ。それは、ペイジの言葉である。
 「僕の専門は人間とコンピュータの相互作用なのだが、この分野では次のように教えている。ユーザーは決して間違いを犯さないとね。システムで間違いを犯すのは決してユーザーの方ではない」
 たぶん、ずっと昔に、スタートアップ以前に言ったことなんか、忘れてしまったんだろうな。
 そして、僕は、それらの言葉がもう一度思い出されることを願っている。

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