深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

猫の催促

      2013/12/04

cat

 うちには、猫が二匹いる。
 最初の一匹は、ペットショップでもらってきた。買ったのではなく、タダでもらってきた。
 そのペットショップには、店の隅に『もらってくださいコーナー』というのがあって、飼い主を募集している子猫と子犬がいたりする。いつもいるわけではないのだけれど、娘が「猫を飼いたい」と言い出して、店を訪れた時には、赤ちゃん猫を卒業しつつあるくらいの子猫がちょうどいて、それをもらってきた。
 白毛に、黒の斑が入っている猫で、「これは○○というブランド猫です」なんて真顔で説明されたら、猫に詳しくない僕は、「そうなんですか」と、つい納得してしまいそうなくらいの、猫としての品をもっている猫ではある。
 しかも、彼女は(メス猫だから)、時が経って成猫になってからも、その体型はスレンダーなままで、猫らしい猫と言えるかもしれない。

 もう一匹は、会社の前で、僕が拾ってきた。
 事務所にいると、玄関のほうでなにやら「にゃーにゃー」と、どう聞いても赤ちゃん猫だろうなという声がした。確かめに出てみたけれど、声だけで、姿がなかなか見えない。放っておこうかと思ったら、木の陰に隠れているところを見つけた。目が合った瞬間、慌てて逃げようとしたその猫は、足をひきずっていた。
 赤ちゃん猫だし、足をひきずっているし、簡単に捕まえられると思って手を伸ばしたが、相手も必死になって逃げて、なかなか捕まらない。いつの間にか、僕も、意地になっていた。
 やっと捕まえたら、爪でひっかかれ、噛みつかれたけれど、放さずに、用意していた牛乳とオカカを見せたら、おとなしくなって牛乳を飲みはじめた。
 そこまでで、終わりにするつもりだった。牛乳とオカカをやって、「じゃあ、元気で生きろよ」で、別れるつもりだった。
 お腹いっぱいになった赤ちゃん猫は、思い出したように「にゃーにゃー」と鳴きながら、母親を探しはじめた。思いのほか、足がうまく動かなくて、ずり歩く感じだ。
 親切な同僚が、「病院で見てもらってこようか」と、僕に声をかけた。そして、その猫は、病院で治療を受け、治療費は同僚が半分出してくれ、「捨てられたあと、車にひかれたみたい」という推察とともに、僕の元に帰ってきた。
 『帰ってきた』?
 でも、そういうことなんだろうな。すでに、あの時その猫を抱き上げたときに、それはうちの二匹目の猫になることが、確定していたんだろう。

 一匹目の猫は、毎朝、5時頃に僕の部屋のドアを掻く。どこでそんなテクニックを覚えたのか、ドアに爪をたてずに、上手に大きな音をだして引っ掻くのだ。
 ほとんどの場合、僕が根負けする。不承不承ながら、布団から起きだして、ドアを開けてやる。  猫が、「ありがとう」と言うことは、ない。大抵の場合は、「遅いわよ」か、「もっと早く開けなさいよ」って、感じだ。
 しばらく、僕の部屋をうろうろした挙句、僕の枕元でおとなしく眠っている時もあれば、次の催促がはじまることもある。
 今度は、「外に出たいから、窓を開けなさいにゃー」という催促だ。
 夏場は、少し窓を開けたままにしていて、勝手に出て行ってくれるのだけれど、この冬場に窓を開けているはずもない。外の冷たい空気を一瞬でも部屋に入れたくない僕と、早く外に出たい猫。
 熊に死んだフリが有効か無効かは諸説あるけれど、猫に寝たフリが通用しないのは、僕が身を持って知っている。
 背伸びをして窓の縁に前足を乗せ、時折、布団に寝ている僕を振り返るように見下ろしながら、「いつまで寝てるの、早く、開けて」と、猫なで声ではなく、少々怒気を含んだ声で催促してくる。
 「外は寒いから、出なくていいよ」
 布団の中で、目を閉じたまま、僕は言う。聞き分けのない猫だと、知っていながら。
 そして、遅くともそう言った1分以内には、僕はまた布団から抜け出し、最小限の隙間分、窓を開けてやる。
 スルッと、猫がその隙間を通り、相変わらず、礼も言わずに屋根を歩いていく。
 仕方なく、僕は、その後ろ姿に、「いってらっしゃい」と声をかける。

 もう一匹の猫は、今では、すっかりと貫禄のついた猫になっている。尻尾が黒毛な以外は、全身白い毛に覆われていて、一瞬、うさぎかと思うくらいの大きさだ。
 何年か前、2ヶ月の入院生活を終えて、僕が帰った日。その猫を、久しぶりに抱き上げようとして、僕は、思わず、「重い」と唸った。
 確かに、1ヶ月半をベッドの上で過ごし、その後も、箸以上に重いものをもつことのなかった入院生活だったので、全身から筋力はなくなり、歩くためのリハビリを受けてからの退院ではあったけれど、まさか猫すら抱き上げられないとは、驚いた。
 義理の母が、「重いから、誰も抱き上げない」と、僕を慰めてくれた。
 この猫は、とても愛想がいい。名前を呼ぶと、必ず、返事をする。それが、自分の名前でなくても。しかも、誰かが話していると、まるで話に加わるように、「にゃーにゃー」と入ってくる。
 『お父さん、まだ? 私も、洗面台を使いたい…「にゃー」…もうすぐ終わるから…「にゃー」…歯ブラシだけでもとって…「にゃー」…いいよ…「にゃー」…いや、返事しなくていいから…「にゃー」…』
 そして、台所にある、キャットフードの残量が少ないと、必ず、催促してくる。
 「ほら、底が見えはじめてるから、足しといてくれないと、困るでしょ」みたいな、感じで。
 「いやいや、これは、キャットフードが片寄ってるから、たまたま底が見えてるだけだよ」と説明して、容器の中でキャットフードをならして見せてみる。
 僕がマットの上に置き直したキャットフードを入れる容器をじっと見て、「にゃー」と鳴く。愛想は、いい猫なんだ。
 「ほら、十分、入ってるだろ?」
 「ところで、今日は、出かけないの?」
 「いや、もう少ししたら、仕事に行くよ」
 「じゃあ、足しといてくれないと、次に誰が足してくれるかわからないのに、不安じゃない」
 「そのうち、おばあちゃんか、お姉ちゃんが帰ってくるよ」
 「それ、絶対って、言える?」
 「いや、たぶん、くらいだけど」
 「じゃあ、やっぱり、足しといてくれたらいいじゃん。ついでに、水も足しといてね」
 「水は、さっき入れたところだし、ほら、たっぷり入ってるよ」
 「ダメなの。ほら、飛び散って入ったキャットフードが、浮かんでふやけてるでしょ。私、そういうの、イヤなの。知ってるでしょ?」
 「あぁ、勿論、知ってるよ」

 最初の猫は、すでに、出かけてしまった。外は寒くて、時折雨さえ降っているのに。
 もう一匹の猫は、どこかで眠っているようで、姿が見えない。
 静かなうちに、そろそろ、昼ごはんを作ろうと思う。台所で音がしだしたら、愛想のいい猫がまた、「私のご飯」を催促してくるかもしれないけれど。

 - 日記みたいなもの

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