深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

寒くなってきたなぁ、と思ったら、唐突に、田ステ女を思い出した

      2013/11/13

 昨日、毎日2週間つづいた日記ブログが、ついに途絶えてしまって、メンタル的にはちょっと凹んでる。
 途絶えた理由は、不可抗力というか、仕事が終わらず、帰ってきたらとっくに日付が変わっていて、その日のうちに日記を書きようがなかったということだ。
 そして、昨日、今日の、冷え込みがさらに追い打ちをかけて、僕のヤル気を削いでいく。
 しかし、ここで2日あけてしまったら、しばらく、僕は書けなくなる気がして、なんとか心に鞭打って、書きはじめた。

 寒い日々のはじまり
     ↓
 もうすぐ、冬かな?
     ↓
 冬と言えば、雪かぁ…
     ↓
 で、思い浮かんだのが、

 雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡

 という、俳句だ。

 特に意識することもなく、僕は、この俳句をいつの間にか知っていた。しかし、これが、誰が詠んだ俳句かは、ずっと知らずにいた。
 そう、タイトルにも書いた、田ステ女(でん すてじょ)というのが、この句の作者だ。最後についている『女』というのは、女流歌人につく接尾辞であり、田ステというのが、名前というこになる。
 彼女は、1634年(寛永11年)に生まれ、1698年(元禄11年)に亡くなった。江戸時代の女流歌人であり俳人であり、貞門派の女流六歌仙のひとりとされていた。
 彼女が生まれたのは、丹波国氷上郡柏原藩であった。現在で言うと、それは、兵庫県丹波市柏原町にあたり、僕は、柏原にある丹波市立柏原歴史民俗資料館・田ステ女記念館をたまたま訪れる機会があり、その作者を生まれてはじめて知ることとなった。

 しかし、なんと秀逸な句だろう。
 なんの疑いもなく、すっと情景が思い浮かぶ。簡潔で、無駄のない言葉と、『二の字二の字』の音感がもつリズムの心地よさ。
 それは、当たり前とも思えるほどに簡潔で、なんの変哲もない言葉だったから、僕は、その句に作者がいるはずだということにすら、思いを馳せることがなかった。
 市井が産んで育んだ、詠み人知らずの句だと、勝手に思い込んでいた。

 雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡

 この句を読んだとき、田ステ女は、6歳だった。
 その事実に、僕は、言葉を失う。
 江戸時代の6歳が、どれだけ早熟だったのかは知らない。しかし、この世に生まれてまだ6年の歳月しか経ていない幼女に、この句が詠めるなんて、僕には到底想像もできない。
 いったい、いくつの冬を、彼女が経験したというのだ。わずか、6歳までのあいだに。
 そして、6歳の幼女が紡ぎだした言葉の前に、ただただ、圧倒され、僕は、立ち尽くす。

 雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡

 - 日記みたいなもの

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