深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

倒れる時は、全身の力を抜いて潔く倒れた方が、怪我をしない、という話

   

korobu

 つい先日、人が倒れるところを、目の前で見た。その倒れた人からみて、左前方45°くらいのところに、僕が立っていたことになる。
 その人が倒れたのは、病気だとか、たとえば、脳溢血とか心筋梗塞でパタリなんて深刻なことではなく、出入り口に敷いてあった靴ふきマットのめくれに足をとられて、倒れたというよりは、倒れこむように派手にこけたのだった。

 性別は、男。180cm近くはあろうかという、決して太ってはいないけれど、大柄な体型だった。しかし、年齢は、55歳以上。日頃から、運動をしているようには見えないタイプの人だった。
 この人が、足元をすくわれたように、見事に、バーンと前のめりに倒れた。
 倒れたその刹那、大理石の床に埃が舞ったように思えたくらい、見事に、バーンって感じで、まさに絵に描いたような、漫画に出てくるようなこけ方だった。

 その人が、足元をマットのめくれにとられた瞬間から、床に見事にうつ伏せに倒れるまで、見事なほど、その人は、なんの抵抗もせず、ただただ倒れていった。
 倒れまいと踏ん張ろうとする努力の欠片すら見せなかったし、なんでもいいから、何かにすがろうとして伸ばした手が、残念ながら空を切るなんていう、あがきやジタバタもなかった。
 その人は、素直なままに、前のめりで倒れていった。

 こういう場合、時には、巻き込み事故に発展する場合がある。
 その位置で倒れていればよかったものの、踏ん張ったがために、倒れる位置が余計に伸びてしまって、とんでもないものに(たとえば、更に勢いをつけてガラスに)突っ込んでしまい、大事故になる場合。
 踏ん張って、倒れるまでに時間ができてしまったがために、周りの人が差し伸べた手が間に合ってしまい、その人に引っ張られるように巻き添えの二重・三重事故に発展するケース。
 よくあるのは、倒れまいとして、なりふり構わず、なんにでもしがみつこうとしての巻き添え事故だ。
 しがみついたものが、その人の勢いのついた体重を支えられるはずのない、か弱い婦人や老人といった場合もある。
 もしくは、それは掴んではいけないだろうっていう、高価な花瓶や、滅多にはないと思うが、飾ってあった西洋の鎧にしがみついて、大きな音とともに倒れ込むことになることもある。

seiyou_yoroi  一度だけだが、結婚式場の前の、なんの凹凸も落下物もない廊下でつまづいて、花瓶に活けてあった花にしがみつこうとして、そのまま倒れてしまった友人の姿を見たことがある。
 黒い礼服に身を包んで、片手に赤いバラを3本ほども鷲掴みにして倒れていく様は、ある意味、感動的ではあったが、ある意味、これからはじまる披露宴の華々しさを思うと、妙に悲劇的な演出に見えなくもなかった。

 僕の目の前で倒れた身長180cm近く、日頃から運動不足だと推測される55歳以上とおぼしき男性は、そのこけ方の派手さとは逆に、倒れたあとは、すっくと自力で立ち上った。
 こういう場合、人に見られていたのが恥ずかしくて、恥ずかしさから一刻も早く逃れるためにも、急いでその場から立ち去りたいという心境になる。
 だから、僕らも、落ち着いて、どこか痛いところはないか、怪我はないかと、何度もその人に声をかけたのだけれど、その人は、至ってなにごともなかったように、スタスタと、時折、自分の足をすくった靴ふきマットを恨めしそうに振り返りながら、歩いていった。

 かれこれ、35年くらい前、まだ日本でサッカーがメジャーなスポーツではなかった頃、僕は、楽しみにしていたダイヤモンドサッカーという番組を見ていた。
 その番組は、海外クラブチームの試合や国際試合を、放送してくれるものだった。勿論、それはリアルタイムなはずもなく、録画された試合を、しかも、1試合を、前半と後半の2回に分けて放送していた。厳密に言えば、放送時間は30分しかなくて、その頃も、サッカーの試合は、45分ハーフだったので、編集によって15分以上がカットされていたことになり、録画放送というよりはダイジェスト放送だったことになる。

 「いまは、えらく派手に、アピールするような倒れ方でしたね」
と、実況のアナウンサーが、皮肉まじりに言った。
 「あー、でも、あれは、あれでいいんですよ。あの方が、怪我をしないんです」
と、解説の元サッカープレーヤーが、答えた。
 「そんな悪質なファウルには見えなかったんですが、あれでいいんですか?」
 「無理をせずに、ファウルを受けたときには、全身の力を抜いて倒れてしまう。変に力をいれて踏ん張ろうとするよりも、その方が、怪我をしなくていいんです」
 「そういうものなんでしょうか?」
 「海外のプレーヤーが、あれだけファウルを受けてもあまり怪我をしないのは、彼らは、ファウルの受け方を知っているからなんです。とにかく、全身の力を抜いて倒れること。これが、倒れるコツというか、怪我をしないための倒れ方なんです」

 僕も、そう思う。
 もしもあなたがなにかにつまづいたり、足がもつれることがあったら、その時は、倒れまいと踏ん張るよりも、全身の力を抜いて上手に倒れることを選んだ方がいい。

 

 - 日記みたいなもの

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