深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

重症急性膵炎(2)-僕の病気

      2015/04/18

shokuji_seigen

 前回の重症急性膵炎(1)-僕の病気から、すでに1年近くが過ぎたことになる。前回だって、重い腰をあげてやっと少し書いたのだったけれど、そのつづきは、更に億劫になって、書けずにいた。でも、時系列でなくてもいいし、病理学的でも、厳密に正しくなくてもいいから、やはりつづきを書こうと思ったのには、理由がある。

 昨日、僕は半年ぶりに病院に行って、定期検査と診察を受けてきた。おかげさまで、異常は見つからなかったし、次回の半年後の通院は、検査なしの診察のみということになった。
 その経緯とか、諸々を説明するのは面倒なので、ここでは割愛させてもらうけれど、主治医がふと漏らした、「あれからもう4年かぁ」という言葉が、妙に心に突き刺さった。
 その言葉が、どんな風に僕に突き刺さったのかを、うまく説明はできない。だけど、なんだかね、「しっかりしなくっちゃ」と、僕は、思ったし、「そう言えば、ブログに書きはじめたやつも、つづきを書かなくちゃな」と、思ったのだ。

 そして、もうひとつの理由。
 僕は、アクセス解析ツールを使って、このブログにどういう経路で来てくれたのかや、どんな検索ワードによって、僕のブログに辿り着いてきてもらえたのかを、見ている。
 今までは、誰も、そんな検索ワードでやってこなかったのに、なぜだか最近になって、ポツポツと、『急性膵炎』だとか、『重症急性膵炎』、『入院』といったキーワードが見受けられて、僕はハッとした。

 それは、4年前の、僕、だった。
 退院後、僕もネットで重症急性膵炎について、あれこれと、調べたのだった。
 経験者のブログも読んだし、理解もできないのに学術論文を読んだりもした。
 自分の体に起こったことを正確に知りたいと思ったし、今後の僕の体がどうなっていくのかを知りたいと思った。
 今となっては薄れてしまっているけれど、その当時は、泣きたくなるくらいに、切実に、そう思った。
 あの時の僕と同じ不安を抱えた誰かが、情報を求めているのだ。
 僕のつたないブログなんて、なんの役にも立たないかもしれない。でも…、僕は、書こうと思った。

【この4年間の経過】

  • 2009年11月 重症急性膵炎発症 2ヶ月の入院生活を送る
  • 2011年01月 膵臓内にできた嚢胞が自然治癒せずに、内部に水が溜まって肥大化したため、ステント手術を行う
  • 2012年02月 膵炎の原因となった胆石を取り除くため、胆嚢摘出手術を行う

【重症とは?】

 前回も書いたけれど、重症急性膵炎と、急性膵炎との違いは、それが回復可能かどうかの問題だ。
 昨日も、次の通院日にCT検査をするかどうかを話し合ってる時に、主治医が言った。
 「そうか、胆嚢はとったんだし、CT撮っても映るはずがないしな、膵臓は細胞が壊死してるから、これも映らないし」
 そう、ないものはCTであろうと、MRIであろうと、造影剤を入れようとも、映りようがないのだ。
 そして、ないものは、回復のしようがないし、治りようがない。

 最初の入院、つまりは、重症急性膵炎で入院した時には、体重が15kg減った。
 当時、178cmの身長で、体重は87kgばかしあった。自分では、ガッシリ体型だなんて言って、肥満を認めようとしなかったけれど、明らかに体重オーバーであった。そして、脂っこいものが、大好きだった。しかし、アルコールはまったく体質に合わないので、ほぼ一滴も飲めないし、飲まない生活を送っていた。

 僕の重症急性膵炎の原因は、運悪く胆管に詰まった胆石だった。そのおかげで、膵臓の中に胆汁が流れ込み、胆汁と膵液が混ざり合うことでその酵素力は凶暴に高まり、ついには内側から膵臓自体を溶かしはじめてしまった。
 あなたが経験者なら、わかってもらえるだろう。その痛みが、どんなものか。内蔵が溶けていくということが、どういうことか。
 胃潰瘍や、胃酸過多になったことのある人は、それを思い出して、その痛みを10乗くらいしてもらえたらわかってもらえるだろうか。
 僕が調べたブログでは、女性の方が、お産と比べ物にならないくらい痛かったと記述しているのを見た。
 勿論、僕はここで痛み自慢をしたいわけではない。もしも、あなたが経験者なら、痛かったよね、という思いを共有したいだけなんだ。

 87kgから74kgまで体重を落として、僕は退院した。そして、すぐには職場復帰できずに、1ヶ月の間、自宅にて療養生活を送った。
 医師からは、食事制限を言われていたけれど、退院当時は、言われなくても食べることが怖くて食べられなかった。そのせいで、体重は更に2kg近く落ちて、70kgを切るか切らないかくらいまでいったように記憶している。
 ズポンは、ウエストがあわなくて、すべて買い換えなければならなかった。急激な体重の減少で、体が冷えて、寒くて寒くて仕方なかった。そして、その動きは、老人のようにノロノロとし、自分は病人なんだということが、とてもうしろめたく申し訳なく感じられた。

【退院後の食事制限】

 そう、食事制限についてだ。退院後、僕は、いつかまた食べたいものを食べたいように食べられるんだろうかと思って、調べたんだった。好きなものも食べられないなんて、辛いよね。
 結論から言うと、それなりには食べられるようになる。と言うか、本当は食事制限を守って食べないほうがいいんだろうけど、食べたからと言って、端的になにかが起こるというこはなかった。僕の言う、端的になにかが起こることはなかったというのは、再入院をしなくてはならないようなことは起こらなかったということだ。
 医師からのお叱りを承知で敢えて言うなら、大抵のものは食べられる。
 ただし、その後1周間ほどつづく、内臓の疲労による体調不良は、しっかり覚悟しておいてもらいたい。

 アルコールについては、一度も、口にしたことがないので、正直まったくわからない。急性膵炎の人で、今では、普通にアルコールを飲んでいる人もあるようだし、大丈夫なのかもしれない。勿論、医師からは、飲まないようにと言われるだろうけど。
 ただし、僕の経験から言うと、炭酸は、こたえる。食事制限の中に、いわゆる刺激物のひとつとして、炭酸飲料も禁じられていると思うのだけれど、確かにこれは、てきめんにきく。炭酸の刺激で、内臓が変な動きをはじめるのが、すぐにわかる。そして、その負担は、結構きつい。
 もしも、あなたがビールを飲みたいと思うなら、かなり覚悟して飲んだほうがいいかもしれない。しかし、あなたの膵炎の原因がアルコールによるものなら、僕は、アルコールとは一切、手を切って生きていくことをおすすめする。
 あらためて言うけれど、胆石を原因とする膵炎であったとしても、飲まないに越したことはないんだけどね。

つづく…、うん、つづきが書けたらいいな

重症急性膵炎

重症急性膵炎(3) – 僕の病気

痛み再発

病後について思うこと、つらつら(ほぼ、泣き言…)

 

 - ひとりごと, 重症急性膵炎 , ,

Comment

  1. 図子 尚也 より:

    83歳の母が7月に急性膵炎で入院し、半分以上の膵臓が溶け嚢胞となっています。現在も入院中で、1ヶ月前からエレンタールのみ、1週間前から昼のみすりつぶした食事になりました。
    その後どうなってゆくのか、多くの患者さんはどのような生活を送っておられるのか、知りたくで検索しましたが、こちら様のサイトが一番身近で目にみえるようです。残った膵臓で食事がある程度できるようになるんですね。
    ありがとうございます。知りたいことがいっぱいありますが、何かいい情報があれば教えていただきたいと存じます。

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

  関連記事

冬の空と負け犬の遠吠え

 この兵庫県北部という土地にやってきて、早くも15年が過ぎていった。元々は、大阪 …

no image
せめて、暇つぶしの役に立てたなら

 あなたは、どんな理由があって、ブログを開いてその記事を読むんだろう?  ひとつ …

no image
ゼルダ・フィッツジェラルドについて(5)

『世界ふしぎ発見』TBS 『グレートギャッツビー』の公開にあたって 先日(6月1 …

no image
ソーシャルボタンを設置してみました

 またしても、どうでもいい話なんだけれど、ソーシャルボタンを設置したという、お知 …