深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

      2013/09/11

 夏休みも後半にさしかかった昼下がり、中学3年生になる娘と僕は、冷蔵庫でよく冷えた残り少なくなった麦茶を、お互いに渋々ながらも分け合って、仲良く飲んでいた。

 「そうそう、お父さん、あの本、読んだよ」
 「ん?」
 なんの本のことだろう?なんか、薦めてた本なんて、あっただろうか?
 「居間の棚に置いてある文庫本」
 「あぁ…」
 確かに、気が向いたら読んでみたら、とは、言ったけど、それは、もう年単位で数えられるくらい以前の話ではないだろうか。
 「あの本、学校の図書室にも入ってきたんだよ。だから、読んでみた」
 ちょっと待ってくれ、僕が薦めても読まなかったのに、学校の図書室で見たからって、それは読むに値する本だと判断したってことを、娘は言外に言っているんだろうか。相変わらず、クソ真面目なんだな。つまらないけど、仕方ない。うちの娘は今のところ、そういう女子なのだ。面白みは、彼女の今後に期待しよう。

 「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」は、桜庭一樹の小説のタイトルである。サブタイトルは、A Lollypop or A Bullet.
 主人公は、女子中学生ふたり。難しい年頃にちょうどさしかかる頃だ。
 山田なぎさは、早く大人になりたい中学生。『大人になって自由になったら…。だけど十三歳ではどこにもいけない』
 海野藻屑は、転校生。元アイドル歌手の父親をもち、その父親が大好きで、大好きな父親に猟奇的に殺される。
 ふたりの担任教師は、猟奇的殺人のあと、「あぁ、海野。生き抜けば大人になれたのに……」と呟き、「だけどなぁ、海野。おまえには生き抜く気、あったのかよ……?」と、嘆く。

 「海野藻屑(うみの もずく)、可哀想だったね」
 「うん」
 「名前からして、ふざけすぎてるし」

 そうか、この暑い昼下がり、思ってもなかったんだけれど、僕らはこれから大事なことを語り合おうとしているのかもしれない。冷えた麦茶を奪い合っている場合ではない。しかし、喉が渇く。おそらく、それは、暑さのせいではない。これから、機会があれば口にしようとしている言葉のせいだ。

 「10代って、難しいんだよな、色々と」
 「そうなの?」
 10代の当事者に、『そうなの?』って言われて困ったけど、話をつづけよう。
 「色々と難しいし、危ういんだよ」
 テーブルに置かれたグラスについた水滴が、夏らしいなと思った。
 娘が、僕の、次の言葉を待っていた。

 

 「人生って、楽じゃないんだよ。道だってあるようでないようで、そこが道だって思ってるもののすぐ横には、崖があったりするし、時にいとも簡単に、人はその崖から落ちてしまったりもするわけだよ。そして、二度と戻ってこれない」
 この人は、急に何を言いだしたのだろう?
 娘が、そう思っているような気がした。

 実は、僕は、昔、君と同じような年頃のころ、生きることがイヤだったんだ、どうしようもなく。
 自分は生きることに不向きなような気がして。
 だから、結婚してからも、自分が子供をもつというこに関しては、それなりに迷ってもきた。
 でも、この機会に、言う。
 君がこの世界に生まれ出たその瞬間から、僕が君にずっと言いたかった言葉だ。

 「とにかく、死ぬな。死なずに、生き残って、最後まで生き抜け」

 グラスについていた水滴が、不意にすっと流れた。
 そして、同じようにその水滴を見ていた娘が、一瞬驚いたように、顔をあげて僕に、言った。

 「死なないよ」
 「………」
 「………」
 「…うん、それでいい」

 グラスの中の氷が、大きく「カラーン」と、夏の午後に心地いい音を響かせた。

 - 僕がこっそり娘に伝えたいものシリーズ, 物語みたいなもの

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