深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

村上春樹では、泣けない

      2015/01/14

 最新作の書き下ろし、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が出版されて、3ヶ月以上が経過したことになる。僕は、その作品が出版されて間もなく、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の、ごくごく短い感想以前の話という文章をアップしただけで、その作品については触れてこなかった。
 彼が作品を発表するたびに、僕がコメントしたり、その感想を述べなければならないわけではない。それは、そうだ。僕は、村上春樹のいちファンであるだけだし、彼は僕のフェイバリットのひとりであるだけだし、お互いになんの義理も人情もない。「お互いに」なんて、思わせぶりな言い回しを使わなくてもいい。僕は彼を知っているが、彼は僕のことを、知りもしない。

 「村上春樹では、泣けないよね」

 ふと、自分でも思いがけずに、しかし、間違いなく僕の口から飛び出した言葉は、特に構えたものではなかった。
 だって、僕は、その直前までカフェの細い通路を遠ざかっていく、タイトスカートに包まれた柔らかであると同時にシャープであるという、ほぼ完璧と言っていい、ボディーラインに見とれていた。一歩一歩、彼女が歩くたびに、タイトスカートの上に、一瞬浮かんでは消える斜めの皺さえも、それはエロティックであることを大きく越えてエレガントと呼びたいほどに、カフェ中の男の視線をグリップしていた。
 おそらく、同席の女友達の冷ややかな視線をごまかすために、僕は、それまで特に意識してもなかったことを、咄嗟に口にしていたのかもしれない。確かに、その言葉が不意に出たのは、タイトスカートのその下の、彼女のアンダーウェアのラインがうっすら見えるかもしれないと、僕がピントを集中させるために若干目を細めたときだったかもしれない。それは、向かいに座った女友達が見るに耐えかねるといった態で、僕を見ていることに気づいたときでもあった。

 「勿論、村上春樹では、泣けないわ」
 心優しい女友達は、言下に答えた。そして、それは、僕が予想したよりも、ずっと力強い肯定だった。
 どうやら、僕の言ったことは的外れな思いつきではなかったらしい。いや、そりゃ、そうだ、僕は決して邪な気持ちを誤摩化すためだけに、村上春樹を持ち出したわけではない。
 完璧なヒップラインが、通路の突き当たりに達し、出入り口が右か左かわずかに迷って左右に揺れたのを名残りに、僕の視界から消えていった。
 女友達は、なにかを思い出すように、グラスに残った100%のマンゴージュースを、薄く口紅のついたストローでかき回していた。
 僕は、これ以上、氷が溶けてコーヒーが薄くなるのを嫌って、グラスからストローで器用に氷を取り出して、ウォーターグラスに移した。そして、女友達の真似をして、ストローで氷のなくなったグラスをかき回してみた。

 「村上春樹で、泣いたことってあるかい?」
 おそらくは、僕の女友達は、ジュースを念入りにかき回しながら、そのことについて考えているに違いなかった。だから、僕は、敢えて、そう尋ねてみた。
 「村上春樹で、泣く?」
 どうやら、女友達の検証はまだ終わってなかったようで、そう言ったあと、しばらくまだストローの動きは止まらなかった。  僕は、女友達のストローが止まるのを、待った。
 「やっぱり、村上春樹では、泣けないわ」
と、結論を下したあと、女友達は、ホッとしたように、十分にかき回された100%マンゴージュースを、ひと口すすった。
 そして、
 「無理だわ」
と、囁くように、しかし、確信を持ってつけ加えた。

 あなたは、村上春樹で、泣けるだろうか? もしくは、泣いたことがあるだろうか?
 僕は、泣くことがいいとか、泣けない作品よりも、泣ける作品の方がいいとか、そんなことが言いたいわけではない、と思う。
 遅まきながら、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の感想を述べるとしたら、もしくは、その作品に感じた違和感について語るとするなら、その辺りのことがキーワードになるかもしれないと、思ったのだ。

 「村上春樹の最新作は、どうだった?」
 別の女友達に、そう尋ねられたとき、僕は、こう答えたように記憶している。
 「なんだか、『普通』な感じ」
 「いつもの、村上春樹ってこと?」
 重ねて尋ねてくる女友達の胸のふくらみに一瞬気を奪われながらも、僕は誠実に答えることに神経を集中しようと試みた。
 「いや、そういう意味じゃないんだ。まるで、村上春樹の作品ではないような、『普通』な感じがすると言えばいいのかな」
 「今回の作品は、村上春樹らしくない作品なの?」
 しばらく、僕はその件について、考える。目を閉じて、小さなテーブルの上にまるで乗せられたような女友達の胸のことを、シャットアウトして。
 「極端に言うと、そうかもしれない。これは、村上春樹の作品でないのかもしれない」
 薄目を開けると、女友達は半分困ったような、半分面白がっているような、でもどちらか白黒はっきりしろと言われれば、なんだかまた意味不明なややこしいことを言い出されてしまって、やっぱり困っているようだった。うん、僕自身も、なんだか、厄介なことを言い出してしまったような、それでいて曖昧で独断にさえもっていけない自信のなさを、気持ち悪く感じていた。

 簡単に言ってしまうと、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という村上春樹の作品は、あまり村上春樹らしい作品ではなかった。そうだ、僕は、この作品を一気に読みながらも、僕がいま読んでいるこの本は、ほんとうに村上春樹の本なんだろうか?と、その背表紙を何度か確認した。
 その作品は、ある意味において、今までになかったほどストレートな小説だった。今までになかったというのは、この世になかったという意味ではない。今まで、村上春樹が敢えて書いてこなかったという意味において、今までの村上春樹の小説にはなかったほどに、という意味だ。  更に、別の言葉をつけ加えることで、その意味を補うなら、恥を知らないくらいストレートに書かれた作品だったと、言おうか。

 この作品にいつもの『物語』は、あったろうか?
 この作品にいつもの『まわりくどさ』は、あったろうか?
 この作品にいつもの『心地よさ』は、あったろうか?

 「『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も、泣かなかった?」
 カフェの中は、閑散とまでは言わないまでも、喧噪からは解放され、適度な落ち着きを取り戻しはじめていた。少しばかし、シリアスで真摯な質問をぶつけてみるには、うってつけの賑わいになりつつあった。
 「そうね、確かに、私は小説を読みながら、よく泣くわ。でもね、さっきあなたに言われて私は自分の記憶をおさらいしたの。見てたでしょ?」
 僕は、アイスコーヒーをひと口すすりながら頷いて、つづきを待った。
 「村上春樹で、泣いたことは、ないわ」
 ストローを口に咥えたまま、もう一度、僕は女友達の言葉に頷いた。
 そして、ゆっくりとストローから唇を離し、コースターの上に丁寧にグラスを置いて、組んでいた足をほどいた。
 「しかしそんなキミも、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、泣きそうになった」
 「でも、泣いてないわ」
 僕は、少し前かがみになって、視線の高さを女友達と同じようにそろえて、もう一度、言った。
 「でも、村上春樹の小説とは思えないくらい、泣きそうにはなった」
 「なんだか、自分の誤診を認めない性格の悪い内科医とデートしているような気分になってきたけれど、気のせいかしら?」
 「そんなことはない。違うのなら、違うって言ってくれればいい。確かに性格は悪いかもしれないけれど、誤診を認めるのを怖いなんて思ったことはない。その前に、僕は、内科医でも医者でもないけれど」
 「だったら、正直に教えてあげる」
 女友達は、テーブルに肘をついて両手を組み、その上に細い顎を乗せた。せっかく合わせた視線の高さが崩れ、女友達が下から僕を見るようなかたちになったけれど、それはそれで、蠱惑的な表情で僕をゾクッとさせた。
 「私は、それが村上春樹の小説だということを忘れて、ほんの少し泣きそうになったわ。でも、泣いてはいないけど」
 そう言うと、女友達は組んだ両手に乗せていた顎をずらして、自分の両手に頬ずりをして笑った。
 「どう?これで、いい?」

 前置きでも書いたように、僕は村上春樹の読者のひとりに過ぎない。『風の歌を聴け』の文庫本が、村上春樹の作品に触れた最初だった。1982年の話だ。一方通行ではあるが、それ以来の付き合いと言える。すべての作品を読んでいるとは、言わないって言うか、すべての作品までは読んではいない。そして、僕は、ハルキストでは、ない。
 僕が、正直な感想を書いたからと言って、失う友達はひとりもいないし、親交のない村上春樹がわざわざ文句を言うことも、読者としての僕に失望することもない。

 もっと、別な、『物語』を、読ませてほしかった。
 もっと、別な、シリアスになりそうになるところをうまくいなすような、『まわりくどさ』を読みたかった。そうだ、いつもなら隠されるはずの恥ずかしいことが、恥ずかしいままに、ここでは書かれているような気がする。
 僕らは(女友達もいるのだから、『僕ら』という複数形に妥当性はある)、村上春樹で泣きたいわけではない。いや、僕らは決して、村上春樹では、泣けないのだ。

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