深き海より、蒼き樹々の呟き

by 深海 蒼樹(ふかみ そうじゅ)

*

僕と村上春樹と中学2年の娘へのクリスマスプレゼント

      2013/09/11

 最初に、村上春樹なる作家を、村上春樹と呼ぶべきか、村上春樹氏と呼ぶべきか、はたまた、いち面識もないんだけど、村上春樹さん・村上さん・春樹さんなどと呼ぶべきか、一応はいろいろと考えて迷った挙げ句、村上春樹と敢えて敬称なしで書くことにした。
 なぜ、そんなことにこだわるのか?
 うむ、確かにそうかもしれない。でも、なんだか、呼び捨てにするにはそれなりのエクスキューズが必要な気がしたんだ。別に、今ではノーベル賞候補者にまでなられた彼を、揶揄するつもりじゃなくて。と言うか、そういうものを逆に払拭したくて、僕は、村上春樹をどう呼ぶべきか、悩んでしまった。とりあえず、面倒な話はおいておこう。少なくとも、無遠慮に呼び捨てにしているのではなく、一応はいろいろ考えたうえで、呼び捨てにしていることを了解しておいてもらえればいい。
 村上春樹。
 こう書いて、そう呼ぶのが、一番シンプルで、名前に付随してくるものが少ないような気がする。

 ではでは、始めよう。
 僕が居間に放り出していた村上春樹の古い短編集を、中学2年になる娘が勝手に読み始めていた。
 それが、きっかけだ。
 勝手にと言うのは、僕が勧めた覚えもないのに、っていうニュアンスで理解してほしい。娘は、基本的に勝手にひとのものを触ったりしない、遠慮深い少女である。少なくとも、僕が知る限り…、今のところは…。
 そんな娘が、僕が「読んでみたら」と言ったわけでもないのに、無断で僕の本に手を出したことが驚きであったし、そこらじゅうに転がっている本の中から、村上春樹を選んでいるのが、僕にとってはなんだか重要な意味があるような、ないような、不思議な感じがした。
 村上春樹。
 それは、僕にとって、特別な思い入れのある、作家の名前である。
 もう一度、言おう。
 それは、僕にとって、特別な思い入れのある、作家の名前である。
 もう一度、言おうか?
 OK、わかった。いくらなんでも三度は、くどい。あなたの言う通りだ。
 しかも、ひねくれて、自意識過剰で、曖昧で、結局のところ、なにも伝わらない。
昨日僕が大事な会議に遅刻した時、1週間前にちらっと見えた総務の女の子の膝小僧がどれだけ魅力的だったかから始めた言い訳くらい、まわりくどい。しかも、つまらないうえに、誰も信じていないことは明らかで、説得力の欠片もない。
 しかし、仕方がない。僕にとって、村上春樹とは、そういう作家なのだ。そして、僕は、そのことをこんな風にしか語れない。
 とんでもなくまわりくどくて、面倒くさくて、とにかく余裕のない時にはかかわり合いたくない、それが、村上春樹という作家だ。
 少なくとも、僕にとっては。

 だから……、
 ん?
 「だから」、って言った?
 うん、確かに言った。
 接続詞、あってる?
 だって、ほかに思い浮かばないよ。
 まだ、始まったばかりだし、ここは大事だよ。
 そうだ、接続詞でつまづいてる場合じゃない。
 それは、わかるんだけど、こういう「つなぎ」が難しいんだよね。
 そこんところは、ちょっとわかってほしいって言うか、寛大な気持ちで見てもらえると、僕もありがたい。

 だから、あなたがもしも接続詞「だから」が間違ってると思うなら、「だから」は、忘れてくれ。

 あれ? また、だからって、言った?
 まぁ、いいや。とにかく、つづけよう。

 言っておくけど、いくら僕が人間ができてないと言っても、実の娘に対して、ひとの本を勝手に読みやがって…などと思ったわけではない。だって、僕は、娘が大好きだから。
 中学生になって、あまりデートしてくれなくなったけど、6月の誕生日にプレゼントした鞄はすごく大事に使ってくれているし、夏休みにはふたりだけでゆっくりランチデートした。
 そして、クリスマスには、僕が選んだ服をプレゼントした。

 僕の経験則から言って、自分で見つくろった服を女の子にプレゼントするなんて言うのは、非常にリスクの高い行為だ。 わかってはいる。
 だから「馬鹿なことはやめておけ」と、頭の片隅で常に警鐘は鳴っていたんだけど、敢えて、トライしてみたかったんだ。
クリスマスに、さりげなくセンスのいい服をプレゼントしてくれる、「素敵なお父さん」を、めざして。ただ、わかってほしい。僕は決して自分をよく見せたいわけでも、自分が素敵だなんてうぬぼれたいわけでもないんだ。
 ただ、「素敵なお父さん」になりたいくらい、僕は娘のことが大好きなんだ。

 というわけで、僕は、車で2時間近くかけて、一度も行ったことのなかった、「おしゃれで、素敵な店が集まってる」と噂に高いアウトレットモールに出向いた。
 確かに、事前にネットで下調べした通り、そこは「おしゃれで素敵な」空間であった。ゆっくりと深呼吸をすると、なんだか独特のいい匂いがする。ほんの少し、まわりの人には気づかれないくらいほんの少し、僕はニヤケたかもしれない。だって、いい匂いがするんだもん。
 デパートの1階で嗅ぐ匂いに近いものがある。デパートの1階というのは大抵の合、女性化粧品のブースが立ち並んでいることが多い。断っておくけれど、僕はそんな場所を平気な顔して歩けるような人間ではない。デパートの1階なんて場所は、なんだか知らないけれど、なんだか恥ずかしくて、なんだか首のあたりの産毛がゾワゾワして、普段の1.5倍くらいのスピードで歩かないと、顔が真っ赤になりそうな、そんな場所だ。でも、確かにあそこも、僕の好きないい匂いがする。

 いや、違う。ちょっと待ってほしい。これは、僕のパーソナリティーにかかわる問題が潜んでいる。
 タイトルにもある通り、これは僕に関する記述であっていい。あっていいんだけど、なんだか間違った方向に進んではいないだろうか?
 「よし、これから娘が喜ぶような素敵なクリスマスプレゼントを見つけるぞ」
という、気合いのもとに、僕は深呼吸をしただけだ。
 そうだ、そうだった。忘れていた。
 つまりは、こういうことだ。もう一度、確認しておこう。
 深呼吸をしたら、たまたま、思いもかけず、僕の好きないい匂いがした。
 →(わざわざ、いい匂いを胸いっぱいに吸い込むために深呼吸をしたわけではない)
 わかってもらえたのなら、これ以上は言わない。みなさんの、あたたかいご理解に感謝をして、次に進もう。

 意気込んでみたものの、中学2年生の娘に贈るクリスマスプレゼントの服をチョイスするということは、僕が思っていた以上に困難なことであった。
 僕は、手当たり次第にひたすら店をかけずりまわり、とりあえずは、「これだ!」とピンと頭の上に吹き出しが出てくれるような服を探したが、「これだ!」と思える服には出会えなかった。そして、これはプロに従うのが一番と、何人もの店員さんにサジェスチョンとアドバイスをもらい、余計に悩んだ。
 時にはベンチで途方に暮れながら、道行く女性に見とれ、迷い、時にはトイレに行って、出てきた時にすれ違った女の子のミニスカートから伸びた脚のきれいさに感動して首が折れるくらい振り返り、そしてまた悩み、どれをチョイスしていいやら何がなんだかわからなくなってちょっと落ち込んだり、妻に相談しようかと思ったけれど、そんなことを相談したらきっと彼女は「それより、頼んであった台所の収納棚の修理はできたの?」って言うだろうし、じゃあ女友達に相談しようかとも思ったけど、娘をダシに仲よくなろうとしている下心が見破られそうで、それもやめた。

 仕方ないので、
 「娘さんのクリスマスプレゼントを探しに来たんですか。なんて素敵なお父さんなんでしょう。私が、協力してさしあげますわ」
なんて、ちょっと蠱惑的に僕に近づいてくる女性が現れるのを待ってもみたけれど……………、もう少し待ってみよう…………わかったよ、今日はどうやらツキがないらしい。
 もしくは、僕の女運のストックが昨日で切れていたのかもしれない。それはそれで、娘へのクリスマスプレゼント以上に深刻な問題ではあるし、対応策を早急に練る必要があるけれど、とにかく今はプレゼントのチョイスに全力をあげよう。
 今、僕がめざしているのは、「素敵なお父さん」なのだから。

 で、とにかく、半日以上という時間をかけて、僕は自力で娘のために一枚のトップスを選んだ。
 勿論、みなさんも知っての通り、多大なる努力が必ず報われるなんていう期待的原則が、この世の中で通用しないことを、僕も知っている。
また、世の中の男性が知っての通り、女の子、女性、女子、老女、痴女と、とにかく「女」というものがつく人にとって、男の努力なんてものがプレゼントの良し悪しの正当な言い訳にならないことを、僕だって身をもって、心もずたずたに傷だらけになって、知っている。
 だから、(また、「だから」だ。今回は、間違ってはない「だから」だ。自信をもっていい)、クリスマスの二日前から僕はとても緊張していた。できることなら、「素敵なお父さん」なんて、なれもしないものをめざして、自分がおかしてしまった愚かさを反省し、このクリスマスプレゼントはなかったことにしようかとすら思った。

 さて、今日は、クリスマスだ。
 もし僕の用意したクリスマスプレゼントのせいで、娘と妻のふたりともに呆れられたら、僕はどうすればいいんだろう?
 クリスマスプレゼントのエキスパートであるサンタクロースに、相談の手紙を書くにはもう遅すぎる。今の時代ならe-mailですぐに届くかもしれないけれど、おそらくサンタクロースのメールボックスは、駆け込みのウィッシュリストとお礼のメールで溢れているはずだ。ひょっとしたら、12月に入ってからは、回線がダウンしたままかもしれない。
 だとしたら、屋根にのぼって、段ボールで作った煙突でサンタクロースをおびき寄せて、彼をつかまえるしかない。そして、これからの1年間をサンタクロースと一緒にトナカイの世話をしながら、クリスマスプレゼントについてのノウハウを教えてもらうことにしよう。
 むこうにはきっと、僕と同じようなミスを犯したお父さんの一人や二人は、先客がいるだろう。ひょっとしたら、実は公表されていないだけで、全世界からクリスマスプレゼントでミスを犯して逃げてきたお父さんがゴロゴロいるのかもしれないし、トナカイの世話も当番制になっていて、1週間に1回くらいしか当番がまわってこないかもしれない。だとしたら、残りの6日間はなにをして過ごせばいいんだろう。まぁそれは、むこうへ行ってから考えることにしよう。

Merry merry merry X’mas 僕の大好きな娘へ

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